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94.微睡みの中で
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僕は部屋を飛び出した。透さんの元から逃げるように、猫のタマを胸に抱いて夜の外を走った。
逃げなければいけない、もっと遠くに。もっと離れたところに…
早く、早く……!
「はぁ、はぁ…」
「ミャァ〜」
僕は後に疲れ果て、ビルの壁に背を当ててずるずると尻もちをついた。息はとても乱れている。そっと目線を下に落として見えた自分の今の服装の姿も、ぼろぼろであった。
タマが鳴き、僕の頬をぺろりと舐めてくる。
「くすぐったいよ、タマ」
僕は笑って、タマの頭を撫でる。
辺りはどっぷり更けた夜の街で、仕事帰りのスーツを着た人達が何人も行き交っている。
僕は地面に尻もちをつきながら、ひとり、星の見えない空を見上げた。
タマ……僕達これからどうしようか。お前1匹と自分の身くらいなら、僕が何とか仕事を見つけて働けば、どうにかなるものなのかな。でも、世間って残酷なんだ、タマ。…僕は、どうすればいいのかな…ーー?
…
………
………だめだ…。
僕はその場に膝を抱えて座りながら顔を下に俯かせ唇を強く噛んだ。
駄目なんだ、タマ……。ごめん、僕一人じゃ、どうにもできない。戻りたくなくても、帰りたくなくても、僕たちはあそこに帰らなければならないんだ。
どれだけ綺麗事を並べたって、どれだけあの人が酷い悪魔だといったって、僕たちは、あの人のお陰で生きてこられた。
…僕だけじゃ、駄目なんだよ、タマ……
ごめん、ごめんね。僕が無力で、ごめんね。
「帰ろう…、あの家に」
僕はそっとタマを抱き上げた。
ゆっくりと歩きながら元来た道を辿り家まで帰ると、マンションの下にいた透さんが僕達を見て目を大きくさせた。
「凛人!!!!」
駆け寄ってきた透さんは、物凄く怒った顔をしている。
「どこ行ってたんだ!?心配したんだぞ!!」
「ご、ごめん…」
あまりの剣幕に思わず謝罪をする。
すると、透さんは何も言わず僕を置いてマンションの中に向かって足を進め出した。
「ほら、さっさと入るぞ」
透さんはぼろぼろの格好をした僕を見てそう一言いう。僕はタマを抱いて透さんの後を追って歩いた。
部屋に入ると、透さんが食卓の椅子にどかっと座った。そうしてふとじっと傍に立つ僕を見る透さんの視線に、僕はタマを抱きながら口元をきゅっと引きしめ睨む。
「…も…戻ってきたけど…、僕別にあなたに降伏するわけじゃないからっ!!」
すると、透さんが不機嫌そうに僕を睨み、僕はそれに体をビクッとさせる。何をされる、今度は一体この人に僕は何を…。閉じ込められてしまうのか…?
透さんは体を強ばらせる僕から目を逸らし、はあ、と大きなため息を吐いた。
「あーったく、頑固なやつだなぁお前も!」
ビクッ
「…分かったよ!」
「…え?」
「自由が欲しいんだろ、自由がよ!なら買い物程度なら外の外出を許可してやらんこともない」
え…
「い、…いいの?」
「その代わり!働くのはダメだ!お前はろくな事にならないからな、お前は俺に媚び売ってればいーんだよ」
「…ろ、ろくな事にならないって何っ!?」
人聞き悪いなっ!!
「それから次また何かトラブルが起きたその時は、もう二度とお前を外に出してやらない。絶対だ、いいな」
トラブルって…。僕はこちらをじっと睨むように見つめてくる透さんの目を何とか見返す。
「……わ、分かった。」
「今度のは必ずだぜ。次また何かあった時は、その時は問答無用でお前を即日俺の嫁にする。もう二度とお前を外に出させないからな。」
透さんは鋭い目付きをして僕を見て言うと、椅子から立ち上がり向こうへと歩いていった。
なんだか知らないけどまた僕は危機を乗り越えられたみたい。てっきり逃げ出した制裁をされるのかと思ってしまった。あの人、…一体何を考えているの…?僕をまた解放してくれるだなんて…。一体どうして。もしかして、これはあの人の優しさ…?
ううん、今はとにかく外出許可が出たことに安堵だけしていよう。もうトラブルが起きないように、そうすれば大丈夫だから…。今日はなんだか疲れちゃったよ、タマ……。少し外に出て走っただけなのに、これも全部あの人のせいだよね。
リビングのソファで眠りにつく僕の体に布団が掛けられる。僕はまどろみの中で、頭を撫でてくるその人の手の感触に疑問を抱いたが眠気の方が勝って大人しく目を閉じていた。
…どうしてこんなふうに僕に優しくしてくるの?あなたのことを理解できる人なんて、この世にいない…いるわけがない。
でも本当の悪魔なら、こんな優しい手をすることがあるんだろうか。僕、何か見落としてる…?
「…凛人…」
聞こえたその声は苦痛そうだった。
分からない、分からない…。僕にはあなたが、分からない……。
「……優しくしたいのに、できない………」
「…」
「愛してるのに、お前を愛しているのに…。俺は普通に人を愛することすら出来ない……凛人…」
「…」
「……っ…」
眠りについた僕に透さんの言葉が届くことは無かった。
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