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4.優しい手
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「ただいま」
はっ……、いけない。ぼうっとしていたら、いつの間にかもう夜だった。
玄関でガチャっという鍵の音と、男の足音が聞こえ、僕は慌ててリビングの隅から立ち上がって寝室に向かおうとする。
「おい」
ビクッ
男の声に足を止める。
「まーた自分の仕事忘れてんぞお前」
「……え」
「愛想を振り撒け。何度言ったら分かるんだ」
じろっと男の鋭い目に見られ、僕はすぐに男から目を逸らした。
「……そ、…」
「…」
「…そんなの無理ですっ、こ、…ここ、に、来たのだって不本意で…なのに」
はっ、僕は自分の発言に思わず口を抑えた。ちら、と恐る恐る男を見ると、男は怒った様子もなくしらけた顔で僕を見ていた。
「ふーん。あっそう」
それからずんずんとこちらに歩いてやってくる男に、僕は体を固まらせた。来る…!早く逃げないと、逃げないと…!なのに体が恐怖で動かせない。1日何もしないでここにいるせいもあるのか、体も心も完全に弱りきって、今の僕には恐怖しか存在しない。近づいてくる相手に、嫌だ!と、その言葉すら発せない。
…僕はまさに男の望み通りの犬、ペットだ。
男の手がこちらに伸びるのが分かり、僕はぎゅっと強く目を瞑った。叩かれる、殴られる、もしくはもっと酷いことをされる…?どうしたら、どうしたら……!!
自分でも分かるほど、僕の体は震えていた。しかし、怯える僕の頭に触れた男の手はそ…っとしたもので、僕の予想のものとはずっとかけ離れていたものだった。
「………。……昼間届いてたラーメンちゃんと食ったのか」
「……………は」
思わず顔をばっとあげてしまった僕は男に対してついそんな言葉をぽろっと呟いてしまう。まずい……!
「あっ、えっと…っ、」
「…」
「あ、た、食べましたっっ!た、たた食べて、ゴミはゴミ箱に、す、捨てて、つ、机に少し汁が散ったので、キッチンにある布巾を探して出して使ってしまいました…!でもそれもすぐ手洗いして…」
「そうか。」
え……。
男は焦って早口に次々と言葉を並べる僕に向かって、何故か頭を宥めるようにぽんぽんと2度優しく触った。……どういうこと?どういう企み?飴と鞭、というやつか?今日は飴…そういうことか?
「今日は寿司を買ってきたんだ。一緒に食べよう」
は……。この男は一体何を言ってるんだ?
「どうだ、美味いか」
もぐもぐと男の前の席に座りながら寿司を口にする僕に向かってネクタイを緩ませながら男が無表情に尋ねてくる。
「…っお、おいしい、です」
僕は寿司を喉に詰まらせかけながら何とかそう口にした。
「そうか。」
男はまたもそれだけだった。
僕は思った。もしかして職場でなにかあったのだろうか?仕事が上手くいかなかった、とか、あ、もしかしたら好きな子に振られた……とか。
特に汗もかいていなかったが、風呂に入らないとまた男に罵倒されると思ったので入っておいた。今日は男が洗濯してくれたものだろうパンツを履いた。そういえば、いつも洗濯物は朝ベランダに干されている。…それくらい家にいる僕がした方がいいんじゃないかな。
…は、もしかしたらこれも男の洗脳…?
僕をこんなふうに動かす為の、あの男の…マインドコントロールみたいな……。
だって、僕はこの男に誘拐されているようなものなんだぞ。命の恩人、と言えばそうなのかもしれないが、この首にある首輪はどう説明できる、ええ?普通なら絶対しない。つまり、だから、この男は異常者、悪魔で、鬼で、性悪の……
性悪の……
「なんだ。人の部屋の前で立ち止まって」
後ろからかけられた男の声にビクリとした。
「風呂に入ってたんだ。…何か俺に用か」
「…ぁ」
肩にタオルをかけた、髪から滴を垂らすスウェット姿の男に見つめられ、僕は顔を下に向けた。
「まさか眠ってる俺を殺そうとしにでも来たのか?」
「えっ」
「寝てなくて残念だったなあ」
そう言ってあっははと笑う男に僕はぶんぶんと首を振る。
「…なんでもない、です」
僕はそう言って男の横を通り抜けようとした。しかし、それは男の手に腕を捕まえられて阻まれた。
「まて。」
振り向くと、いやに真剣な顔をした男がじっと僕を見ていた。
「…もしかして俺に愛想を振りに来てくれたのか?」
この男が怖い。
なのに僕はこの男のたまの優しい手と落ち着いた低い声に抗えない自分がどこかにいる。
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