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6.計画
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『おいで』
それは夢の中の出来事だった。
優しい声と優しい手が、僕に向かって伸びている。僕は迷わずその手を掴んだ。でも、その手は後に砂のようにサラサラと跡形もなく崩れていった。
え…?どうして消えちゃうの?僕はあなたの事を本当に愛していたのに。あなたのことを心から…。数年が経って、色んなことがあって、もうあなたの顔をはっきりと思い出すことが出来ない僕には、そんなことを言う資格はないのかな。
ただ覚えているのは、あなたの優しい声と手の感触だけ……。こんな僕は薄情ですか?
はっ、長い夢から僕は目覚めた。
眠っていたのは自分のベットの上じゃなかった。男の広すぎるベッドの上にひとりぽつんと体を起こしながら、僕は暗い暗いため息を吐いた。
……昨日僕はここで何をした。
それだけでこの場で死ねそうだった。ああ、そうだ、死ねばいいのか、別に橋の上からでなくたって。キッチンに赴き僕は包丁を取り出した。それを恐る恐る自分の胸に突き立てる。しかし刺すことは出来なかった。
…あの時は死ぬ決意をしていた。だからこそなりふり構わず川の上に身を落とそうと本気でしていた。何もかも疲れ果て何もかもどうでもよかったから。…でも今はなんだ。僕はどうしてこんなところにいる?きちんとお風呂に入って、きちんと食事をとって、温かい布団で寝て、朝目を覚ます。……僕は普通の人間の生活を送っていた。何なら、そこらで必死に毎日働いている人よりも随分と裕福な暮らしをしているのかもしれない。僕はなんの為に死のうとしたのか?今では少しそんなことを考えてしまう。
「…っ」
つまり僕は……死ぬくらいなら、ここで男の部屋で、鎖の着いた首輪をつけられて犬の生活を満喫している方がよほど幸せだということなのか…?
「…ちくしょう!」
僕は包丁を投げ捨てた。あいつが狂わせた。僕をワザとイタズラに生かした。あいつの気まぐれで、暇つぶしで…!ワザと美味しいものを与え、僕に普通の暮らしをさせ、僕をこうして死のうと思わないようにさせて…!!
「うううぅっ」
いま、何月何日だ?男の部屋になぜかカレンダーはない。もしかしたらあるのかもしれないが僕が見つけ出せていないだけなのか。
ここに来て、今日で4日目?5日目?か?男の部屋には時計も見当たらない。わざとなのか?いいや普通そうだと思って間違いないはずだ。あの男がすることだ、僕は気を引き締めてあの男と向き合わなければならない。
…いいぞ、ようやくあの男に対する殺意が芽生えてきた。生死をあの男の手に握られているというのなら、僕が殺されるより先にあの男を殺してやる…!!
「あっ」
そうしてふと足を1歩踏み出した時、自分の首輪に繋がった鎖に足を躓かせた。…何より邪魔なのはこの鎖だ。この首輪だ。首輪は、支配欲を満たす物だという。あの男が好きそうなことだが、僕はいい加減あの男の思惑通り動くことは嫌だ。
どうにかしてこの首輪を……
あの男を殺すよりも、この首輪を解いてもらって逃げる方が現実的な考えかもしれない。しかしあの男に解いてくれとまさか頼む方法などあるわけも無い。仮に外してくれたとして、逃げないように他の方法を対策してくるかも…ならばどうすれば?
僕はしばらく考え込み、そしてようやくひとつだけ策を頭に思い浮かばせた。
ー
「ただいま」
夜、男が帰ってきた。僕はその声を聞いて、おずおずと男につけられた首輪に繋がる鎖を引きずりながら男に近づいた。
「……」
「なんだ?」
見つめる僕を疑いの目でじっと見返してくる男。…なんて目だ、この顔だけで人を殺せそうなそれほどにも凶悪な表情であった。…怯むな、自分、僕は男だ…っ!
「な、なにって…、…出迎えをしてはダメですか?」
「…!なに?」
ひい、男の目が怖い。これが嘘だとバレたら本当に次何をされるか分からない。頑張れ、自分…っ。あまり媚びを売りすぎても嘘だとすぐバレる。確実に、信じ込ませる…。
「じ、じつは僕、い、家にいるのが窮屈で…もう何日もここにいるものだから、外にも行きたい…とそう思ってしまって」
…不思議だ。スラスラと言葉は意外にも男に発せられた。本音だったからだろうか。
「…外?」
「は、はい…」
頭を縦に冷や汗をかきながら頷くと、靴を履いたままの男はうーんと言いながら自らの顎を手で触った。
「確かに家にいても暇だろうよ。犬もたまには散歩しないと退屈だろうしな」
…!なら、外に出してくれるのか…っ?
ぱあっとつい顔を輝かせる僕を見て、男は真顔で言った。
「大分活気的になったじゃねぇか。」
「…え、」
活気的?きょとんとする僕の頭の上に男は手を置く。
「…もう死のうとは思ってないらしいな」
「…!」
…なんで。
「飯にしよう。お?洗い物したのか。えらいえらい。洗濯物もしたければしていいんだぞ。」
そう言ってにっと笑んだ顔をする男を僕は凝視する。
なんでこの男に、全部見抜かれているんだ……。掴めない、この男のことが。もしかしてわざと僕の手に届く場所に包丁を置いていた…?そんなまさか、キッチンにはどこにだって包丁はある。考え過ぎだ、落ち着け…。
この男のたまに見せる笑顔に、心を今更揺らすな…ーー!
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