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7.散歩
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「晴れてよかったなぁ〜ポチ」
休日、男はマンション近くの河川敷に寝そべりながら目を閉じてさも気持ちよさそうにしてそう言った。
「あの…」
「なんだ」
それに勇気を出して口を開くとギロっと男に隣に座っていた僕は横目で睨まれた。
「…、…そのポチというのはやめて欲しいんですが…僕にだって名前はあるし」
外、つまりいくらかは人の目があるということもあり僕は強気だった。今ではあの重たい首輪もない。ならば、本来なら外に出た瞬間に男からさっさと逃げ出すのが案外いいのかもしれないと思ったが、大事をとって僕はまだ逃げないでいた。焦って逃げたところで、すぐに捕まってしまえば意味は無いからだ。…慎重に行かなければ。
「ぶはっ、へーえお前に名前?死のうとしてた奴が名前で呼んで欲しい、なんておかしなこともあるもんなんだな」
「…っっ」
ほんとに、つくづく嫌な性格をした男だ。…こんな奴、大っ嫌いだ。
「ポチはやめてください」
「ふーん。じゃあタマ?」
…っっ
「…ふざけないで下さい、僕は犬でも猫でもない」
キッとした顔で男を睨みつければ、じっと冷静な顔をした男に見返される。
「じゃあ、お前の名前教えてよ。」
「……えっ」
「俺に名前で呼んで欲しいんだろう?」
はっ、
『……凜人』
『可愛い……凜人』
嫌だ、何であんなこと今思い出すんだ、…消えろ、消えろ…!この男が僕の名前なんか知ってるはずないのに。
「………り……りん、と」
「……」
…あれは夢だ。僕が勝手に妄想した夢だったんだ。
「…………凜人」
「…っ!」
なんで、…僕はどうかしてる。この男に見つめられ、名前を呼ばれただけで、体を動かせなくなっている。怖いからじゃない。この男が、ほんの少しいつもとは違う不思議な儚げな雰囲気で僕を見てくるから。
「……ぁ」
「…」
「…そ、…それでいいです」
僕はどきどきと鳴る胸に知らないふりをした。これからこの人から逃げ出そうって言うのに、こんな雰囲気になるなんて全然…想像もしていなかった。
しばらくして、ガサッと音を立てて横に寝そべっていた男が立ち上がった。
「そろそろ帰ろう」
「!」
僕としたことが、完全に逃げる瞬間を見失っていた。…なに普通にこの男と並んで一緒に日向ぼっこなんかしてんだろう。この男の本性は悪魔、悪魔なんだぞ…!騙されるなっ!また帰ったら首輪を嵌められるんだぞ…!逃げるなら、今しかないんだぞ…!
「ま……」
「うん?」
「…っ」
男を止めようとする僕を振り返って見つめてくる男の目が皮肉にもいつものあの怖い目が嘘みたいに優しい。…ま、惑わされるな。
「……っ…ま、まだ、遠くにも行ってみたいな!」
「…。遠くって?」
「街とか、買い物とか、遊園地とか!!」
そう声を発してから何とか男を見つめる。するとぐっと腕を男に掴まれた。
「今日はもうだめだ。行くなら、また今度にしよう。」
「……え」
「俺が何処でも連れて行ってやるから」
ドキン、
腕を引っ張られて、反動で男の胸に体を当てた僕は至近距離でそう男に見つめられ、瞳を揺らした。
…なんて甘い声で話すんだろう。まるで僕が逃げる気でいることを見抜いて、最初からこういうことをしているとしか思えない。犬だから、こんなふうに優しいのかもしれない。何にしてもこの男が良い人なわけはない。僕は、この男から逃げないわけにはいかない。
だって、これがもし男の素だと言うのなら、…僕の脱出計画がなんの為にあるのかも分からない。
僕は、この男の元から絶対に逃げるんだ。
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