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23.夜景と涙
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何ら変わりない日常が過ぎていた。
僕は相変わらず男の家の掃除をこなし、洗濯物を干し、料理を作っていた。
こうして、僕の人生は終わっていくのだろうか…。ほんとに酷い、少しくらいバイトに出ていかせてくれたって、あの男抜きで外に出て行かせてくれたっていいじゃないか。現に、僕はあの男の言う通り逃げていない。それなのに。まだ、僕をここに縛ると言うの…。
「ただいま」
「おかえりなさい」
夜、いつもの様に帰ってきた男の傍に近寄り、僕は虚ろな目をして口を開く。なんだか、ぼうっとする。
「…凛人?」
男の声が聞こえ、僕はその次の瞬間体がぐらっと前に倒れる感覚がする。
「…凛人!」
男の胸に僕は抱きとめられた。僕は体を起こしながらごめんなさい、と弱々しく呟く。
「凛人……昼飯ちゃんと食ったのか?」
「…」
食欲なんてないよ、なんで生きてるのかまた分からなくなってきちゃったんだもの。どうせ逃げたって…あなたは僕を追ってくる。そして僕を理不尽に叱って、またここに縛り付けるんだ。その繰り返しなんだから…。
「…凛人」
そんな悲しそうな声で呼ばないでよ。本当はちっとも僕のことなんか心配してないくせにさ。あなたは本当の悪魔なんだ。
「明日、土曜日だろう。一緒に出かけよう」
「…」
「とても綺麗な夜景の見える場所があるんだ、そこで食事を取ろう。きっと気に入る」
…ああ、そうやってまた僕の機嫌取りか。僕が心身ともにこうして弱ると、この人は僕に対して途端に優しくなる。原因は紛れもなくあなた自身なのに、どうしてこの人はそのことに気付かないんだろうか。
ー
「……わあ」
後日、僕と男は夕方家を出た。けれど夜景なんて、全く期待していなかった。男の思い通りに運ばせるつもりはなかったし。でも、今見えてる美しい夜景に心が震えてしまった。
…こんな気持ち初めて、なんて美しいんだ。そして、なんて広く続いているんだろう。僕の悩みなんてちっぽけなものだとそう思わせるくらいに、綺麗なその街並みはどこまでも続いている。
「凛人、あまり体を前に倒すな。落ちる」
夜景に魅入っていると、後ろからやってきた男に腹の辺りに腕を回された。
「あっ、」
何すんだよ…!まだ見てたのに!
「お腹空いただろ。そこの店を予約してある、食後のデザートもあるぞ」
「えっ」
男の言葉に思わず反応してしまう。周りは、落ち着いた雰囲気の男女のカップルばかりだった。そういえば僕も、ごつめのパーカーを羽織ろうとしたら、男にこれを着ろ、と言われ新品の高そうなセーターとズボンを渡された。場違いになるからってやつかな…。
「お待たせ致しました。」
男が予約したという店に入り席に着くと、しばらくして美味しそうなステーキが運ばれてきた。
それを見て目を瞬かせる僕の前で、いつもの仕事用とは違う高そうなスーツを着た男が僕を見て言う。
「食え。」
「…え」
前髪をいつものようにきっちり後ろにあげてセットしている男の凛々しい眉と鋭い目つきに僕は視線を奪われる。
「少食の胃に突然食べすぎるのも良くないが、食いたいだけ食うといい」
男はそう言うと僕から目を逸らしてナイフとフォークを握った。よく分からないけれど、雰囲気ってすごいな。窓の外にすぐある夜景、そしてこの華やかなお店の灯りの下で食事をする男。ただそれだけなのに、いつもより目の前の男が素敵に見えてしまう、不思議。
「…どうした?」
びく
「えっ」
「食わないのか。お前、魚より肉が好きだったはずだが」
「…す、すきだよっっ?こ、これから食べるんだよっ」
いけない、何この人のことじっと見てるんだろう僕っっ、これが雰囲気に流されるというやつなのかな。だとしたらダメだよ、絶対雰囲気に流されちゃ…。この人は、冷酷な人なんだよ、とても怖い人なんだから。
「食後のデザートでございます。」
…わあぁ、苺のムースかな、甘酸っぱくて美味しそうっ。
「…!お、美味しいっ」
「本当か?」
あっ…しまった、つい…。
「うん、美味しいな。夜景を見ながら食べるとより美味い」
「……う、うん…」
ダメだよ僕、なに普通にこの人と会話してんのっっ…!もっと突き放さなきゃっっ、僕はあんたが嫌いだってそう伝えなきゃっっ。…いや違う、僕は元々この人を信じ込ませる為に家事だってなんだってしてきたんじゃないか。…ああなんだか、僕、分からなくなってきちゃったよ…。だってこの人が、
「…違うな。」
「…え?」
形のいい薄い唇の端をほんの少し上げて男は僕を見つめて言う。
「お前といるから、こんなに美味いのか」
「……っっ!」
…信じられないくらいとても優しい顔つきで、僕を見てくるから。
「凛人」
だめ、ダメだよ。騙されたら、ダメだよ…この人の本性に。僕ってばいつもいつも甘いから…だからこの人に舐められちゃうんだよ、嘲笑われちゃうんだよ。変わらなきゃ、変わらなきゃ…。
「…とっ、透さん僕…っっー」
だってこれは、この人の僕を陥れる為の罠なんだから…ーー!
「結婚しよう。少し早いけど」
………え?
時が止まった感覚がした。
「…何言ってるの?」
「お前の気持ちがまだ俺に向いてなくとも、形だけは俺のものにしていたい。」
本当に…何を言ってるのこの人は、いつも、いつも、意味のわからないこと、ばかり…。
「……僕のことをあなたは愛してなんかないよ」
「…何だって?」
「あなたは最初僕を犬にすると言った、そして僕は実際今あなたの犬だ」
「…」
「反抗できない、なにか言えば叩かれて、繋がれて、…僕に人としての人権なんかないんだ!」
「凛人っ」
周囲の人が僕達のことを見た。ああ、そういえばここは外だった…。僕は何故か瞳に涙が浮かんでいた。僕は震える唇を開きながら男を見て言った。
「…あなたが本当に優しい人だったら、…僕はあなたを……受け入れられたかもしれないのに」
男の目が僕を見て、大きく見開かれるのが分かった。
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