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65.心の支え
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「お疲れ」
那月君が蛇口の水を捻り手を洗いながら、僕の方を向いてほんの少し口角を上げて言った。
「那月君も。」
「いやぁ今は忙しい時期じゃないのにこの多さ。たまにあるけど、月草さん来てから更に客が増えたような」
そう言って欠伸を噛み殺しながら、レジ前に立つ僕の隣に並んで立つ那月君。
「今日晴れてるから多かったのかな」
「さあね。でもたくさんの人が花を見て手に取って、幸せそうにしてるところを見るとさ、やっぱり嬉しいもんだよね。」
にこ、と笑顔を見せる那月君に僕は目を瞬かせる。那月君、ほんとに花が好きなんだなぁ…。ふふ、と僕は那月君に向かって笑い返す。
「な、なんだよ」
「ごめん。僕も花、好きだよ」
「…っっ」
すると、那月君は少しだけ頬を赤くさせくるっと向こう側を向いた。…うん?
「…あのさ、月草さんって天然入ってるでしょ?」
「へ?天然?」
何故急にそんな話に?
「えぇっと、言われたことはある…けど、僕は天然じゃないよ」
「天然な人は自分のことを天然じゃないって言い張るのさ」
「!?」
な、何だって…っ?!てことは僕は天然なのか…?そもそも天然の定義ってなんだ?
考え込む僕の横で、くす、と那月君が笑う。
「俺にはいいけど、あんまり他人にそういう顔見せない方がいいんじゃない?」
「え?」
「接客だから仕方ないけどさ、でも月草さんの笑顔って営業用というよりは率直に素の表情で表れてる感じがするからさ」
「…そうかな?」
「うん。だから勘違いするおじさんが出てくる。」
那月君はそう話しながらプレゼント用の包装紙の上に数本の茎を短く切った花を置いて、器用に包んでいく。
「この間、月草さん言ってたでしょ。こういうのに慣れてるって」
あ……。
“ 僕前に花屋で働いてた時もよくこういうことあったから、慣れちゃってるのかもしれない”
…話の流れ的に、あれのことかな。
「確かにあの時は肩触られるくらいだったけどさ、これからどういうお客来るか分かんないよ。」
「え?」
「お尻触られるかもしれないし、もしくは名刺とか渡されて、連絡先とか渡されて、関係を持とうとする奴が現れるかも」
「あはは…」
実際そういうことこれまでに全部あったんだよね…。とは、何となく彼には話さないでおこう…。
「色んな人の考えがあるし、俺にどうこう口出し出来ることじゃないとは思ってるんだけどさ」
そう言いながら那月君は1つの小さめな花束を完成させた。那月君はそれから、に、と笑いながらそれを僕に渡した。
「…え、と?」
「月草さんに」
え……。僕は那月君に渡されるピンク色や黄色の混じったガーベラの花束をそっと両手に受け取る。那月君は僕を見て真剣な顔をして言った。
「もっと、自分を大事にしてよね。」
「…!」
……那月君……。
「月草さんっていつもすごく脆い雰囲気してるんだよね。なんて言うのかな、いつもどこかぼうっとしてて、壊れそう…みたいなさ。どう言えばいいのかよく分かんないけど」
「…」
「だからもっと自分を大切にして、これもあげる」
スっと差し出されたのは何かのライブのチケットのようだった。
「これは?」
「俺、休みの日はバンドやってるんだ。もちろん趣味でね」
「えっ…?!」
生き生きとした瞳でこちらを見て笑みを浮かべる那月君に僕は視線を奪われる。…なんてキラキラ輝いてるんだろう。彼の見ている景色は、きっと僕の見ている景色よりも恐らく比べ物にならないくらい、何倍も綺麗なのだろう……僕はそう思った。
「…那月君はどうして花屋に?」
ぽつり、何となく口を出て尋ねた質問に那月君はうーん、と唸った。
「俺、高校を出てすぐ家出したんだよ。」
「え…?」
「家が嫌でさ。学校から帰る度、毎日毎日両親の喧嘩ばっか。俺のことなんて目にもくれなくて」
那月君はそう言って一瞬悲しげに瞳を伏せた。
「それで家を出て、どうにかして食ってかないといけなくて、そこにたまたまここ(花屋)があってさ」
「…」
「最初は花なんて、て思った。俺男だしって。でも、…いつの間にか、花が俺の心を支えてくれてた。その事に気付いたんだ」
自分の過去を話す那月君を見ながら、僕は何故か心が震えていた。
いつの間にか、花が那月君の心を…
その言葉は僕の中で、驚き、戸惑いながらもゆっくりと形を変貌させていった。そして思い浮かんだのは、
…いつの間にか……透さんが、僕の心を……支えてくれてい……た?
「月草さん?」
ハッ……
目の前で手を振られる動きに僕ははっとするように目を開けた。
「ほんとよくトリップするよね。」
はあ、と呆れたように息をする那月君に僕は笑いながらごめん、と謝る。
「でも良かったな、聞けて。那月君のそういう話」
「クス、ありがとう。月草さんのところはどうなの?」
「え?」
「両親、仲良いの?」
ドキ
「……仲……は…良かったよ。すごく」
「はは、何で過去形?」
「あ、ごめんね。…仲良いよ!とっても」
にこっと笑ってそう言ってみせると、那月君はへえ、やっぱり。と言いながら優しい笑顔を僕に向けていた。
「大事にされてきたんだろうなって感じするもん、月草さん」
「…そう?かな。」
瞳を伏せて静かに笑む僕に向かって、那月君がうん、と言いながらずいっと花とプレゼント用の包装紙を渡してくる。
「これ見切りの花だし、何か作って持って帰ってもいいよ。もちろん花だけでも」
「え…」
「両親にでもあげたら?別に大切に思ってる人なら誰でもいいと思うけど」
大切に思ってる人……。
「ほんとはお客さん用のこの包装紙とか、使っちゃいけないんだけどね。店長には言わないどいてね、頼むよ」
いたずらっ子のように笑い手を合わせる那月君を見て、僕はどきっと心臓を跳ねさせる。
「?どうした?」
「え?…べ、別にっっ。言わないでおくね」
店長……烏堂さん…。
僕は一瞬不安で早まる心臓をゆっくりと息をして落ち着かせながら、花を包んでいく。
大切な人…か。僕にとって、“あの人”は大切な人なんだろうか。僕にはまだ、それがよく分からない。
「もうすぐ5時だね。今日はもう上がっていいよ、またね」
那月君に言われて、僕はうん、と頷きながら花を片手に笑顔をうかべた。
喜んで…くれるだろうか。
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