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68.薄れゆく
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「……」
走り出した車内の中で僕は無言だった。
烏堂さんが今一体何を考えているのか僕に分かるはずもないが、きっと僕を良心で送ってくれているだけだと信じたい。…いや逆にそれ以外のことを考えてしまう僕の方がおかしいのだろうか?
いくらなんでも、過敏に物事を考え過ぎか…。
現に、ちらりと見た烏堂さんの様子からは、何の危険の匂いも感じない。…僕はどうやら、警戒し過ぎのようだ。
「………あれ?」
それからしばらくして、僕は大荒れの外の景色を見ながら異変に気づく。
……ここ、どこの道?
「…烏堂さん」
「うん?なに?」
「……ここ、僕の帰り道で通る道じゃない…」
僕は隣に座るハンドルを握る烏堂さんの横顔を見つめながら声を震わせて言う。
「ああ、あそこは混んでそうだったからね。この雨だし」
…ほんとに?
動揺した様子の一切ない烏堂さんを見つめ、僕は静かに睨みを利かせる。
「ちょっとあそこのコンビニ寄っていい?」
「…えっ」
突然ハンドルを切る烏堂さんに僕は体を傾けさせる。
コンビニの駐車場で車を停めると、烏堂さんは僕に、ちょっと待ってて。と言い、車から1人降りていった。
……今車から降りた方がいいんじゃないか?
だってあの人の言うことなんて決して信用ならない。だけど、ほんとにそれでいいのかな。
僕は烏堂さんの車の助手席に頭を俯かせて座りながら、膝の上で合わせた両手をぎゅっと強く握る。
…ずっとこんな調子で、あの人といるつもり?
あの人は僕の働いてる先の店長だ。こうして逃げてても何も変わらない。ずっとこのまま、変な関係のまま仕事したくないよ。
僕は俯かせていた顔をうえに上げた。
……言おう。ちゃんと言おう。
あの人だってそれなりに歳のとった大人だ。ちゃんと自分の口で言えば分かってくれる。やめてください、透さんとは自分で一緒に居たいと思って暮らしてる、だから捕まえられてるわけではない…と。
僕の意思で決めたことなのだ、と。
「待たせてごめんね」
ビク
車に戻ってきた烏堂さんに僕は体を強ばらせる。…言わなきゃ、…言うんだ。
僕は握った拳を強く握る。
「……あ…あの、…烏堂さっっ…!」
「凛人君にはココア買っておいたよ、はい」
え。
満面の笑みでホットココアの缶を渡してくる烏堂さんに僕は続きの言葉を止める。
……あ。……あったかい……。
「ココア好き?」
にこにことして尋ねてくる烏堂さんに、僕は拍子抜けしつつも、はい…とココアを両手に握りながら頭を縦に答える。
「へえ、そうか。他に君の好きなもの教えてよ。何が好きなんだ?」
ごくりとホットコーヒーだろうものを飲みながら烏堂さんが言う。
「……別に好きなものなんて特にないです。」
「クス、酷いなあ。俺すっかり凛人君に嫌われちゃったかな」
ほんの少し寂しげに笑う烏堂さんに僕は僅かに良心が痛んでしまう。…だって…そんなこと言われたって。
「那月にはよく懐いてるみたいなのにさ」
烏堂さんはコーヒーを飲み干して、空の紙コップをドリンクホルダーに置いた。
窓から見える外は相変わらず大荒れの様子だ。
「…那月君は、…優しいですから」
「俺は優しくない?」
優しくないっていうか…
「そろそろ動いた方がいいんじゃないですか、外雨すごいですし」
僕は話を逸らすようにしてそう言った。…僕、一体何をしてるんだろ。この人にさっき何かを言おうとしてたのに、この人との会話で忘れてしまった。一体何だったっけ……。
「飲まないの?」
僕の両手に握るココアを見つめ烏堂さんが言う。
「…」
「別に賄賂なんてつもりないよ。それを飲んだからって何かを脅そうとしてるわけじゃない」
僕は笑みを浮かべる烏堂さんをじっと見つめた。…果たして本当だろうか。
「君は疑り深いねぇ。体が温まるから、飲みな」
しばらくじーっと烏堂さんを見ていたが、これを飲まないと何となく車を走らせてくれそうにないことを察して、僕はプシュッとココアの缶のプルタブを開けた。
まあ…ココアは好きだから…。つまりココアに罪はないのだ。
ごくり、ひとくち口にすると冷えきった体が生き返るような感覚がした。今日一日、ずっと雨なのかなぁ…。
「美味しい?」
尋ねてくる烏堂さんに僕は、はい、と答える。
「良かった。凛人君って本当は素直でいい子なんだよね」
……?
どことなく、烏堂さんの表情がさっきと変わった気がした。笑顔を浮かべているようだけど、…どこか笑ってないような。
「お酒は苦手だけどそういう甘い物は好きなんだね」
「…お酒の件はもうお断りしたはずですけど」
「あはは、凛人君はガードが硬いね。流石見た目が綺麗なだけあるよ」
…っ
なんだそれ…。
「そろそろ車出してください…」
車にある時計を見ると、5時半頃だった。あんまり遅くなっちゃうと、透さんに何してたのかって問いただされちゃう。
「ココア全部のんだ?」
「はい」
片手を出してくる烏堂さんに僕は空の缶を渡す。
「捨ててくるよ。戻ったらすぐ車を出す」
バン、とドアを閉めコンビニに再び向かう烏堂さんをしり目に、僕は瞳を閉じる。
あれ……僕どうしたのかな。
なんだか、急に眠くなってきてしまった…。さっきまでそんなこと全然なかったのに、どうして?…ああ、温かいココアなんて飲んだからこんなに眠いのかな……。
……あれ……?何か引っかかる………
さっきのココア……って……
「お待たせ」
戻ってきた烏堂さんの声が遠くで聞こえる。烏堂さんの顔が薄れゆく意識の中でぼんやりと目に映る。…僕は、もしかして何かミスをした…?
「…う…どうさん、僕…」
「君は俺が思ってたよりもずっと警戒心が強い子だね。」
先程まで笑っていたはずの烏堂さんは、鋭い目を向けて僕を見ている。
「悪く思わないでくれ。これも君の為なんだ」
……なに……何を言っているの?
…だめだ……。強烈な眠気に誘われて僕はゆっくりと目を閉じる。
『凛人』
…透、…さん…。
何でかな、今一瞬あなたの顔を思い出した。
僕、何やってるんだろう。何故か全然瞼が開かなくて……でもね、必ず帰るからね。だから待っててね、心配しないで待っていてね、透さん。
僕は必ず帰るよ、あなたの家に。だから……透さ………
僕は意識を手放した。
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