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111.涙、苦しみ…
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「神崎さん、もうそろそろあの男が会社から出る時間かと。以前あの男を待ち伏せしていた時もこれくらいの時間でしたから。」
男の言葉に神崎さんはああ、と頷いてその場を立ち上がる。コツコツと靴の音を立て、部屋の出口へ向かおうとするその姿を僕は見つめる。
ついに来てしまった、この時が。…ダメ、僕は瞬時に咄嗟に、心の中で思う。外はすっかり夜になっている。
「……待ってっっ!!!」
僕は駆け寄り、神崎さんの服の裾を掴んで声を上げる。僕は神崎さんの顔を見上げて瞳を揺らす。
「…あの人を…一体どうするつもり…なんですか?」
僕は自分の胸をぎゅっと手で抑えながら尋ねた。
神崎さんは僕を無表情に見下ろし、ぽつり呟く。
「…決まってる。あの男を、この世から抹殺する」
…!?
つまり、それは透さんを殺す、と……?
物騒な言葉に僕は体を震わせ男を見る。でも…
「…僕は、あなたたちが過去にあの人に一体何をされたのか、何も知らない」
「…」
「せめて、…少しだけでも教えてくれませんか?」
僕は意を決して視線を伏せる男に向かって尋ねてみる。
「おいお前っ!黙って聞いてればっさっきから図々しいぞ!神崎さん、こんなやつ放っておきましょう、早く行き…」
「待て」
神崎さんはふと僕の方へと顔をあげた。
「…話そう。」
「…」
「但しあまり時間が無い、早くそこの椅子に座れ。それから、初めに言っておくが今日の計画を無しにさせるようなことは絶対にしない。お前ら、先に出て行ってくれ。」
神崎さんにそう言われ、周りにいた男たちはぞろぞろと部屋を出ていった。
カタン、と神崎さんが机を挟んだ正面の椅子に腰を下ろす。僕は心臓の音をドクドクと立て、どこか緊張していた。
「時間が無いから簡潔に話すぞ」
「…はい」
神崎さんは僕を見て言うと、1つ間を空けてから言った。
「俺の親友だったやつが、昔あの男に殺された」
……え……?
僕は目を大きくして目の前に座る神崎さんを見る。
そんな、…まさか。人を……殺した?だけどあの人ならやりかねないことではない…そう思ってしまうことが苦しく、悲しい。
……透さん……ああ、…あなたはどうして……どうして…あなたは、いつも………。
「俺はあの日からあの男への復讐だけを胸にこれまでずっと、生きてきたんだ。恨みのお陰で生きてこられた、と言っても過言ではない。」
「……」
「俺以外のあの男たちだってそうさ。何らかのあの男への恨みがある。あの男は…そういう男なんだ、あいつに情や優しさなんてものははじめから存在しない、……あの男は人なんかじゃない」
神崎さんはそう言い、強く唇を噛んで顔を伏せていた。何か過去のことを思い出したのだろうか。それはとても怒りに満ちた、それでいてとても苦しそうな、そんな彼の表情が一瞬見えてしまった。
…あの人は、人じゃない……
僕は神崎さんの発した言葉を頭に響かせる。
「…それで、俺もお前にひとつ聞いてもいいか?」
「…え?」
男の真剣な真っ直ぐな瞳が僕を射抜くように見る。
「…お前…本当はあの男の何なんだ?」
…!
「…僕があの人の恋人じゃないって分かったんですか?」
「ああ、ただの勘だが。…だが、あの男の恋人にしては何か違う気がしてな。」
ちがう……?
神崎さんは考えるような仕草で僕を見て、そうしてすっと椅子から立ち上がった。
僕の元まで来た神崎さんは、僕の顎を軽くつまんで上げ、僕の顔をじっと上から見下ろしながら言う。
「そうだ、あの男が完全な闇だとして…お前はその対照的な立場に見える…」
「…」
「どうしても合致しなかった。お前と先ほど一言二言話してみて、どうしてもあの男と円満に結ばれている想像がつかなかった。」
神崎さんはそう言い、目を細め僕を見下ろした。
「どちらかと言えば…お前も俺たち側なんじゃないか?」
「…!」
「協力を煽っているわけじゃないさ。ただ、疑問なのさ」
男はそうして僕から手を離し、部屋を歩きながら言った。
「恋人でないなら何故あの男の心配をしているのか、…俺にはそれがわからない」
部屋をコツコツと歩く男の足音と男の話を聞きながら僕は瞳を不安定に動かす。
「……僕は……」
迷う心のまま呟いた僕の声を、傍に歩み寄ってきた神崎さんの声が被さるようにして言う。
「俺が言う。あの男は…やめておいた方がいい」
僕は男の方へと顔を上げた。
神崎さんは床に向かって悲しく切ないやるせない表情を向けており、その時の彼の表情は、きっと演技なんかじゃなかった。
僕は瞳にうっすらと涙を滲ませ男を見た。
透さん…僕は、僕は……。
…ぼく、は………。
僕は窓に映る、涙を流して泣いている自分の姿を見つめ、それからまた涙を流した。
どうして、透さん……
いくら僕でも、あなたを庇えない。苦しい…死んでしまいそうなほどに、ただ、苦しい…。
あなたが僕を、昔も今も、苦しめてきている…。
あなたといると、…苦しいよ…。
苦しいんだよ……。
僕だけは知っているあなたのたまに見せる優しさが、…僕の胸を締めつける。
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