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114.決着
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神崎さんが後に顔を上げ、強く恨みのこもった瞳で僕を見た。
この人は…、この人にとっては、亡くなってしまったその人はそれ程大切な人だったんだ。透さんのしたことは絶対に許せることではない。…しかし、僕の心は揺らいできてしまっている。僕だって透さんに散々酷い目にあわされてきたというのに、…どうして僕は、この人のことを憎めないんだろう?
「おい…矛先が違うぜ」
ふと、透さんがその場に立ち上がって神崎さんを見ながら言った。
「…なに」
「お前の恨みの対象は俺だろ」
「…」
「そいつは関係ない。それで、俺を殺したいならさっさと殺してしまえばいい。そうだろ」
「なんだと…」
「だが果たしてお前に俺を殺せるほどの度胸があるのか…ふ、見物だね。」
「っ…てめぇぇ…」
透さん、だめ…!
なんでわざとそんなことを言うの、どうしてあなたはいつもいつも、間違ったことばかりするの?そんなことをしたら…。
「…やはりお前は殺すべきなんだ、ここにいるこいつらの為にも、俺の為にも、…早いうちに天国に逝ってしまった、あいつの為にも……っ!」
挑発するように笑った透さん目がけて、神崎さんがそう強く意を決したようにして走り出した。
…ああ…っっ!
僕は男に手を拘束されたままその光景を見た。
神崎さんがいつの間にか振り上げた右手の先に持っていたナイフのような凶器を見て、僕は目を大きく開いた。
透さんが……殺される。
本当に透さんが、……殺されてしまうーーーー
「やめて…お願いやめて…お願い….、透さぁぁあん………っっっ!!!!!!」
僕は思わず目を瞑って叫んだ。
その後流れたしばしの静寂に、ゆっくりと顔を上げる。
周りにいた男たちは、固唾を飲んでその光景を目にしていた。
壁に寄りかかり立つ透さんの体から冷たい地面に向かって、赤い血がだらだらと流れ落ちている。
ナイフで深く刺されたのは透さんの右腕であった。
透さんはそれでも、毅然とした表情をして目の前にいる彼を見ていた。
神崎さんは後ろ姿しか僕からは見えなかったが、後ろから見てもその彼の体の震えは僕の目にも見て取れた。
「……なんだよその顔…」
「…」
「……そうだよ。……お前の言う通りだよ」
「…」
「俺は結局あいつの為に、そう思っていても、お前を殺せるほどの度胸なんて俺にはない…。人なんて俺には殺せない。そんな覚悟なんてない…。例えお前がどれだけ憎い野郎でも」
神崎さんがナイフから手を離した。
透さんから1歩離れる神崎さんを見て、透さんはその場に腕を抑えながら座り込んだ。
眉をしかめながら大量の血を腕から流し服を赤黒くさせていく透さんの姿に、僕は瞳を大きくした。
「…透さん!!!」
「あってめっ!」
拘束されていた男の手から逃れ、僕はぐったりと地面に足を広げて座りこむ透さんの元まで走っていった。
ナイフは透さんの腕深くに刺され、流れる血が止まる様子はなかった。
「透さんっっ…!」
どうしよう、どうしよう。
これを抜けば恐らくもっと血が透さんの体から出る。とりあえず早く止血しないと…!
「透さん、しっかりして…っ!」
急いでポケットに入っていたハンカチで腕を抑えるが、それは一瞬で血色に染まる。どうしよう、こんなんじゃダメだっ…!
血が……全然止まらない…。このままじゃ、透さんが……
透さんが………ーーーーー
僕は痛みを堪えるように目を瞑る透さんの姿を見て、目に涙が浮かんでいくのが分かった。
だめ……
嘘だこんなの…。だってあなたは死んじゃいけない。当たり前でしょ?だってあなたが死んだら、タマの餌はどうするの?僕だって、あなたがいなくなったら困る。
ちがう、ちがう、そうじゃなくて、
…そうじゃなくて。
そうじゃなくてーーーー
「………僕……あなたのことが好きなんです…」
「……」
「………すきなんです……透さん……。僕…あなたのことが…」
気づけば、僕の膝の上に頭を預け横になっていた透さんが目を開いていた。少し驚いた顔で僕を見て、そうしてゆっくりと血にまみれた手を伸ばし、僕の頬に当てた。
「…阿呆…なに目腫らして泣いてんだ、お前は」
「…とおるさん…」
「こんなことで…死ぬわけないだろ…俺は、不死身だしな」
ハァと息をしながら額からほんのり汗を吹き出させる透さんが言う。
「…え?」
「俺はお前を置いて、先に死ぬようなことはしない。つうかできない…ハァ」
「…透さん…」
「俺がもし死んだら…俺はお前をひとりにさせちまう。そうなったらお前は、きっと寂しがるだろう」
…透さん…。
「…お前は気は強いようだが、本当はただの寂しがりの泣き虫だからなぁ…」
ふ、と口端を上げそう言い笑う透さんを、僕は涙をぽたぽたと下へ落としながら見つめる。
「透さん…血が、止まらない…。ごめんなさい…僕、この人たちのこと突き放せなかった…」
「…」
「僕…あなたがこうなってやっと分かったんだ、本当の気持ちに…。こうなるまでずっと分からなかったんだ、…透さん、ごめん…ごめんね、こんなふうにさせて…」
「…お前は何も悪くない。もういい。いいから、もう泣くな」
「だって…」
透さんが下から泣きじゃくる僕を見て言う。
「お前の泣いてる姿はもう見たくない、もうこれ以上。俺は本当は…お前を笑わせたかっ…た、のに…」
「…」
「…なのに俺はお前を泣かせることばかりしている…。お前のことを愛しているのに、いつも、いつも、俺は…」
透さんはその後、そのまま瞳を閉じたまま動かなくなった。
「…透さん…っ!」
地面には流れ落ちた血が水溜まりのようにして僕たちの周りにできていた。
神様、今このときをどこかで見ていますか?
お願いします。この人を…死なせないでください。僕が何でもします。何でもしますから…。
僕は透さんの体を守るようにして抱き締めながら、泣くことしか出来なかった。
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