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117.彼の思い
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ー
その後、僕は神崎さんが病院のロビーの椅子に1人ぽつんと腰掛けているのを見つけた。
僕は彼の傍にそっと歩み寄り、近づいた。すると、神崎さんはすぐに気配に気づき顔を上げ僕を見た。
「…なんだよ」
どこか少し気まずそうな表情をしながらふい、と神崎さんが顔を逸らした。
僕はそんな神崎さんの隣に静かに腰を下ろした。
辺りーー病院内の様子は、今が夜中ということもあって、電気も付けられておらず薄暗い。もう朝の4時近くになるのかな…。
僕はちらりと隣で顔を俯かせ、脱力したような、疲れ果てたような様子の伺える神崎さんの姿を見た。
「…僕、両親を」
僕は、彼に向かってそう開口一番口を開いた。
「両親を、昔事故で失いました。」
「…なんだって」
ぼそり、神崎さんは呟き顔を上げた。
「僕の両親の死は多分誰が悪いわけでもなかった、だから僕はただそれを受け入れて生きるしか無かった」
「…なら、お前今1人なのか?」
「いいえ。家には猫がいます、それに…透さんがいる。」
神崎さんは僕の言葉に表情を強ばらせる。
「…僕、思うんです」
「…」
「あなたはずっと亡くしたその人のことでずっと傷ついてたのかもしれない。でも…復讐じゃなくて、もっと前を向いて生きるべきじゃないのかな」
ドキドキと早まる心臓を僕は抑える。
わかっている。自分がこの人の何も、何の悲しみも分かることなどできない外野だということは、…わかっている。
それでも、僕はこの人に、前向きに生きて欲しい。
「人を恨むって、すごく大変なことだと思うから、だから、笑って、生きるべきじゃないのかなって」
「…今更そんなこと言われたって」
顔を手で覆う神崎さんを見つめて言った。
「それを、あなたの友だちの彼もきっと…望んでると思うんです。」
天国できっと、…生きている僕たちを、両親は、そして彼の友人は、見守っているはずーーー。
…そう、僕が信じたいだけだけれど。
ふう、しばらくして神崎さんがそう息を吐くのが聞こえた。
「…お節介だなお前」
ビク
まずい。やっぱり色々分かったような口で言いすぎたのかな…。
僕はスっと椅子から立ち上がった神崎さんの鋭い眼光がこちらに向かれるのがわかり、思わずその場に立ちすくみ、固く目を瞑る。
…どうしよう、怖い…ッ!
「…確かに、お前の言う通りかもしれない」
しばらくして頭に優しく触れた手の感触に僕はそっと目を開けた。
え…。
目の前に立っていた神崎さんは、僕を見ながら無表情に、けれどどこか柔らかい眼差しを向けていた。
もしかして、伝わった…?僕が言いたかったこと…。
「分かってたんだ。あの眼鏡の言う通りだ」
「え…」
「俺は、あの当時あいつの抱える思いに気づけなかった…。それが悔しくてただ怒りの矛先をあの男に向けていた」
「…神崎さん」
「殴られたのも、そこまで大した傷じゃなかった。わかっていた。それでも…怒りがなければ俺は今まで生きて来れてなどいなかった。」
僕は瞳をそらす神崎さんを見つめ、必死に言う。
「ならこれからは、幸せに、明るく生きていこう…!」
頭にある神崎さんの手を取り、僕は少し驚いた顔をする彼を見て続ける。
「僕にできることがあるなら、何でも手伝いますから、だから…もう悲しむのはやめよう」
僕はほんの少し涙ぐみ感情的になっていることに気づき目元を拭う。
神崎さんが言う。
「…お前、何であんな男がいいんだよ」
「え?」
「俺は、今はアレだけど、けどまともにすれば…お前1人養うことくらいはできるんだぞ」
…え。
養う…?
僕は目をぱちくりとさせる。
「でも、僕もういい歳だしそろそろ働かないとって思ってて」
「そーいうことじゃぁねぇよッッ!」
声を上げる神崎さんに驚くも、何だかさっきより元気が出てきたような気がする彼に僕はほっとする。
「…透さんは、怖いしすぐ怒るし、本当にどうしようも無い人だけど、僕あの人がいいんです」
「…分かんねえ。そんな男どこがいいんだ」
僕は呆れたようにそっぽを向く神崎さんに向かって言う。
「あの人は怖いけど、でも…あの人にだって悲しいこととか、辛いことだってあったはずなんです」
「…」
「僕あの人を、本来の姿に戻したい。僕はあの人の傍を、離れるわけにはいかないんです。」
話し終わった僕に向かってその場を去ろうとした神崎さんが立ち止まり、振り向いて言った。
「…なら、あいつが全て克服してお前があいつの傍にいる必要が無くなった時、その時もう一度、俺はお前の前に現れよう」
神崎さんはそう言って、靴音を立ててその場を去っていった。
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