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147.これから
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その後、透さんが辞職を命ずられた。
透さんはその日、いつもの涼しい顔で堂々と家に帰ってきた。
「これからはお前と四六時中離れずにいられるのか。」
家にいたエプロンを着た僕の体を引き寄せ、にやついた顔で透さんが顔を寄せてくる。
「…やめて!」
僕は透さんの体を引き剥がした。
透さんは不機嫌そうにこちらを見ている。
「んだよ、これまではちゃんと仕事してたろ、少しくらい休んだっていいだろうよ。」
透さんはシュルリとネクタイを首元から外しながら言う。
「そういうことじゃなくて…、辞めて平気そうな顔した透さんが不安なんだよっ、次会社に就職できるかどうかも分からないのにっ」
すると足元にミャ〜と鳴きながらタマが擦り寄ってくる。…そうだ、猫のタマだっている。僕たちがこうして普通に暮らすことさえ困難になることもありうる。
「失礼な奴だな。この国に仕事なら山ほどあるさ。心配しなくてもすぐその辺の職にありつく」
「透さんにできるの…?これまでは逆らう人は誰もいなかったかもしれない。でも、これからは違う。透さん、…人の下で人の言うことに従って、ちゃんと働けるの…?」
と、透さんがキッチンテーブルを手でバンッ!と大きな音を立てて叩いた。透さんに睨まれながら、僕は小刻みに体を震わせた。
「…ごちゃごちゃうっせーんだよ!黙って聞いてれば。そもそも働いてもないお前にそんなこと言われる筋合いないね」
僕は震える足を何とか立たせ、下ろした両手の平を強くぎゅっと握った。
「……わ、分かった、」
僕は言った。
「……は?」
僕は俯かせた顔を上げ、透さんに瞳を真っ直ぐに向けた。
「…僕、働く」
「…なんだと」
「透さんが仕事をしてない間、僕が働く!」
「ふざけんな、また手間かけさせる気か!ダメだダメだ!よせ」
ガキはガキらしく家でじっとしてろ、そう続け手でひらひらと呆れたような動作をしてくる透さんに、僕はムーッと頬をふくらませる。
「もう決めた!働く!!」
「分かんねーやつだなっ!俺の言うことたまにはちっとは聞けよ!」
「もう23だしっ!ガキじゃないから!」
「分かったよ!ガキだと思ってねえ!これでいいんだろ」
後日。
僕は透さんの言うことを無視して近くのカフェにバイトを決めてきた。そのことをすぐ伝えると透さんは案の定怒ったが、僕は引き下がらなかった。
色々理由はあったが、僕だって透さんの為にたまには少しくらい何かしたかった、それもあったのだ。
「いらっしゃいませ〜」
自宅近くのカフェは比較的穏やかな人が多く仕事もしやすかった。
「えーと〜この苺パフェ1つと、カフェラテを1つ」
「かしこまりました。苺パフェおひとつと、カフェラテおひとつですね。」
笑みを浮かべてぺこりとお辞儀をすると、僕は厨房へ。再びホールに戻ると、
「すみませーん」
「あっはーい」
またもやどこからか店員を呼ぶお客さんの声が聞こえ、駆け足で向かう。
「お待たせ致しましたっ、ご注文お伺いしま…」
しかし、そう言いながら顔を上げた僕は笑顔のままピタリと体と言葉の続きを止めた。
「おい。何固まってんだよ」
(…な、何で透さんがここに……っっ!)
「と…透さん、何で来てるのさっ」
こそっと小声で椅子に座る透さんの顔に少し顔を寄せながら僕は話す。
「いいだろ別に。暇なんだよ」
そう言いふーと煙草のけむりを吐く透さんに僕は笑顔を浮かべて言う。
「お客様、店内での喫煙はご遠慮下さい」
(ていうか……暇なら職を探せっ!)
「ふん、俺を無視して本当に働き出すとは」
透さんは煙草の火を消しながら呟く。
「し、仕方ないだろ。確かに…透さんの言う通りお金はしばらくあるんだろうし、僕のバイト代じゃ家賃払えて良いとこなことは分かってるけどさ」
「…まあそうだな。」
いやちょっとは気遣えよッッ!ほんとにこの男っっ。
「もう…透さんとにかく早く帰って。僕夕方まで働かないとなんだから」
「まて」
その場を去ろうとすると、透さんに腕をとられる。
「な、なに?」
透さんは僕の腕をそのまま引き寄せると、僕の手をとり、薬指に何かをはめた。
これ…って…
「これ…」
「婚約指輪だ。」
「!?」
こ、こここ、婚約指輪…っっ!?
「い、いいい一体いくらの指輪っ」
なんかめちゃくちゃ光輝いてるんですけど…っ!
「早々に言うことがそれかよ」
「だってっっ!」
「前々から指輪は買ってたんだ。ただいつ渡そうかと思っててな」
透さんはそう話し、指輪をはめた僕の手を透さん側にぐっと引くようにしながら握った。
「これなら、多少は虫除けにもなる。」
「…透さん」
嬉しいんだけど、……ち、近い。距離が。
……見てる、周りの目がこっちを見てる視線を物凄く感じるから…!
「凛人、すぐお前をこんな店から辞めさせてやる。」
透さんはそう言って席を立った。
「帰り、迎えに来るからな。必ずここにいろよ」
「いいよ。ここから歩いて10分もかからない」
「たまには俺の言うこと聞けって言ってるだろ。いいな」
僕は店から出ていく透さんを見送った。
そして、自分の指にはめられた指輪に視線を落とした。
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