アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ウサギとオオカミ
-
「さっきの先生!かっこよかったねー!」
「美術担当なんだって!絵も描けちゃうなんてレベル高すぎ!」
さっきの東雲とかいう先生はその見た目からか、もう既にクラスの女子の中ではかなりの人気になっているようだった。
神は二物を与えず
なんてよく言ったものだ、と俺は窓際の1番後ろでため息を吐き、今朝見たその姿を思い出す。
整った甘い顔立ちに心地よく響く低音ボイス。きちっとした身なりにすらっと足の長い高身長。
クラスの噂話に耳を傾ければ、男からもかっこいいと憧れの声が上がるほどらしい。
(……よくわからん。)
確かに、見た目はいいかも知れないが、それに魅力を感じない俺には正直どうでもいい話だった。
「なぁなぁ佐倉!お前さっきの教師どう思う?」
「どう思うって言われても…」
元々の椅子の使用法とは異なるように後ろを向き座り直した前の席のそいつは、俺にぐっと顔を近づかせ、心無しか目を輝かせている様に見える。
1年の時から同じクラスだった齋藤は、出席番号で俺と前後になる為よく喋る仲だった。
もしかしてお前もあの先生のことかっこいいとか思っちゃってる口なのか、と思いつつも在り来りのない返答を考え口にする。
「かっこいいし優しそうだった。」
「だろだろだろ〜!!」
俺の中身のない返答に、うんうんと頷く話し相手。なんでお前が得意げなんだ、とつい口に出してしまいそうになったが、そこは堪えた。
そうすれば友人からは更に続けて例の教師の話題が飛び出した。
「実は美術の先生、俺の従兄弟の兄ちゃんなんだ。」
齋藤は“にっ”という効果音が似合いそうな程に口角を上げ、満面の笑みを俺に向けた。
「へっ?!そうなの?!」
全く知らなかった状況に思わず声を上げてしまう。
あの人が親戚というのなら、褒められて嫌な気はしないだろう。
満足気な態度と発言にも納得が出来る。
「俺今日ずっと楽しみにしてたんだよねぇ、あ、従兄弟なのに似てないとか言うなよ!」
「あ、いや従兄弟でも兄弟じゃないんだし似てなくても別に…」
確かに、黒髪でキリリとしていた大人びたあの美術教師と、俺の前でコロコロと表情を変えて喋るこいつは、似ても似つかない。
明るい金髪を窓から入ってくる風で揺らして笑うこいつは身長や声色は大人びて居るものの、その表情や自由な性格はまるで小動物だ。
それに比べて、例の東雲先生を動物に例えるなら、そうだな、狼がしっくりくる。
弱みを見せれば一瞬で潰されそうな、そんな圧迫感と存在感。
そしてどうやらこいつは、以前からあの教師がこの学校に来る事を知らされていたようだった。
(狼…なんて、そんなこと考えてる俺は怯えたうさぎか何かだな。)
友人と交わす言葉とは全く違う考え事を頭の中でしていれば、突然ガラガラと教室の戸が開いた。
その音で一瞬ざわついていた教室は静かになったが、音の出処を見ればまた直ぐにその騒がしさが戻ってくる。
「お前らそろそろ静かにしろー。」
あぁ、なるほど。
教室に足を踏み入れたのは今朝からずっと話題の中心にいる、あの美術教師だ。
すらっとした高身長に、整った顔に、低音ボイス。
手に名簿を持っていると言うことはこのクラスの担任になると言うことだろう。
(…最悪だなぁ)
黒くドロドロとしたものが胃の中を這いずるまわる様な感覚。例えるなら心の胸焼けだ。
「んじゃまぁ改めて!今日からこのクラスの担任を任された東雲だ。よろしくな!」
笑顔を貼り付けたその顔にクラスのガヤガヤは治まらず、普段は発言をしないような生徒も隣の友人とコソコソと話を始める。
酷く、居心地が悪い。
(この人はきっと、俺の苦手なタイプの人だ。)
人を見かけで判断するなとはよく言うが、見た目で判断しなければ、見た目以上に中身を知ってしまえば、それはもう自己防衛なんて出来ない。
裏切られた時に心が深く抉られるのを、俺は知ってしまっているから。
ーーーーーーーーーー
「なぁ佐倉、今日この後暇?バイトある?」
「ん?いや今日は休みだけど何で?」
午前中で学校は終わり、皆それぞれが目的に応じて教室を出て行く。
部活に行く人、友達と遊びに行く人、家族が迎えに来ている人、みんなその目的は様々だ。
大半が遊びに行く選択をするのだから、まだ春休み感覚が抜けてない、なんて釘を刺されればその通りだと思う。
齋藤もそのうちの1人になるんだろう。
「このあとどっか遊びに行かね?お前いっつもバイトバイトで全然遊んでくんねーし、暇なら付き合えよ。」
なんて、言い方を間違えれば「付き合いが悪い」という嫌味にでも聞こえそうなセリフを、裏表なく素直に発する。
「わかったよ、んで齋藤くんよ。どこに行きたいというのかね?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたぞ佐倉くん!」
1年の時から絡んでいるからか、こいつと話している時は変に疑いも勘ぐりもせずに済む。
一言で言えば一緒に居て楽なんだ。
「さっき兄ちゃんがメッセくれたんだけど、今日うちに来るらしいんだ!一緒に飯食おうぜ!」
「えっ、は?」
友人の急な提案に俺は自分でも思っていなかった間抜けな声を発してしまう。
前言撤回、素直で純粋なのは時には罪だ。
ーーーーーーーーーー
何も予定がない、と言ってしまった手前断る訳にも行かず、俺は気乗りしない足取りで齋藤の家へと向かっていた。
「そんでもって兄ちゃんは料理もできて〜」
「…お前ほんと、先生のこと大好きな。」
「そりゃもう、俺の憧れですから!俺もあんな大人になりたいんだよなぁ。うちの学校に来るって聞いた時はさすがに驚いたけど!」
齋藤の語る東雲天也はこうだ。
昔は家が近所で、従兄弟ではあるものの本当の兄弟のように育った。齋藤を弟のように甘やかし、時には厳しく然り、外で齋藤が虐められれば体を張って守っていた。
男にも女にも分け隔てなく優しく、気配りが出来、些細なことにも直ぐに気がつく。
絵を描くことが趣味だったためそれを伸ばし今の職に就いた、と。
その上運動もできて器用なので家事も炊事もなんでもこなす。勿論高校の教師になるのだから頭も良い。
「〜っ!少女漫画か!!」
「あーでもほんと少女漫画のヒーローって感じだよ。」
思わず声に出してしまったが、それを齋藤はすぐさま肯定し、俺に笑いかけた。
その様子が今まで見てきたどの齋藤よりも楽しげで、誇らしげで、確かに二人の間に信頼と絆がある事が嫌でも伝わってくる。
「ほら、家着いた!上がって上がって。」
立派な一軒家の門を通り、玄関のドアを開ける齋藤の後ろに続く。
別に初めてこの家に来た訳でも、親御さんと初めましてな訳でも無いので、今更緊張なんてしてはいないけれど。
「おー、おかえり。秋人」
「天也兄ちゃん!もう帰ってきてんの?!早くね?!」
「俺は車あるからな、次から時間合う時は送ってやる。」
玄関に入ってすぐに顔を見せた男と、それに懐く男子。
その光景には、息が詰まりそうだった。
「佐倉光、だな。秋人からは話は聞いてる。これからも仲良くしてやってくれ。」
「いえいえ!とんでもないです。こちらこそいつもお世話されっぱなしで…」
貼り付けた笑顔が落ちないように、何重にも縫い付けて、自分の心を縛る。
そして目の前の大人の整った笑顔を見て、俺は確信した。
「とりあえず立ち話もなんだ。上がってくれ。」
あぁやっぱり。
「ありがとうございます。お邪魔します。」
俺はこの人が苦手だ。
ーーーーーーーーーー
そこから先、何を話したかはよく覚えていない。
一人暮らしのアパートに帰ってきてすぐさまベッドに身体を放り投げれば、はぁ、と大きく息を着く。
優しい空間に明るい両親と、暖かいご飯。
部屋のあちこちに置かれた“齋藤秋人”の過去の思い出。
そこに追加されたのは“憧れの兄貴”なんて。
「…はぁ」
口を開けばため息しか出てこない。
気晴らしにゲームでもしようかとポケットに入れていた携帯端末を取り出してみるが、それでも気分は沈んだまま。
何をする気にもなれず、結局ベッドにそれを放り出した。
暖かいところに居れば、嫌でも思い出してしまう、自分が如何に孤独かと言うことを。
楽しいところに入れば考えてしまう。自分の居場所を。
(…今までの俺で良いんだから。これからもずっと。)
明日からまた普通の学校生活が始まる。
バイトもたまたま休みだっただけで、また上手くシフトを詰め込まないと。
常に忙しい状況に自分を追いやって、慌ただしくも平凡な生活を無理やりにでも作る。
そうやって何かに没頭していないと、俺はすぐにダメになるから。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 4