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第五話
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柿本と向き合った西辻が、もう何を問い掛けたり説明したら良いか分からなくなり、しばらく無言が続いた。
「俺がまた一対一で話したい。絶対に他の奴等は入れないで接したい、って思ったのは、あんた……西辻先生だけだから」
突然呼び方を変えた柿本に、西辻はまた個人授業を思い出した。
西辻は強気で叱るタイプの教師ではなく。控え目な性格で、存在感も薄いので。生徒達から呼ばれるときは、ただ「ねえねえ」と言われたり、名前を呼び間違えられるのもしょっちゅうで。
いつか校内の廊下で、柿本ひとりが「西辻先生」と呼び掛けてきたときは、少し、いや、かなり嬉しくなった。
ふと西辻は不安になった。柿本の誤った恋愛感情を正そうとこうして話し合っているのに、自分も奇妙な方向に気持ちが動いていそうで。
「道は分かるんで、歩いて帰る」
柿本は勢い良く立ち上がり、西辻の顔も見ずに告げた。
「なんで、いきなり……」
西辻も立ち上がって傍によるが、視線は逸らされる。
「俺を嫌いな人と喋ってても、つまんないし」
「自分はっ……おまえを嫌いとは言ってないだろ?」
思わず柿本の手首を掴んだら、拗ねたような瞳で睨まれた。
「でも、俺があんたを好きでいたら嫌なんだろ?」
「それはっ……」
教師として答えるか、個人として答えるか。真っ直ぐに心をぶつけてくる柿本に対して、どっちの心を優先するか、西辻は揺れたが。
「……嫌、ではないよ」
色々と戸惑いはするが。それは嫌悪感とは違う。
「自分も、きみを嫌いではないし……構わないよ、きみが自分を好きでいても」
だんだんと西辻は恥ずかしくなってきた。
なんだか男子からの告白に「友達からの付き合いなら」と返事する女子のようで。
「俺を嫌いじゃないって、俺を好きなの?」
また真っ直ぐに質問をぶつけてくる柿本に、ひとつ溜息をついて。
「それはまだはっきりと言えないけど。柿本が自分を好きでいる事よりも、いまここで、柿本が自分の元から離れていくほうが、自分は嫌だ」
西辻も真っ直ぐに答えた。
「それに柿本も、好きなひととの接し方、というのがどういう事か分かってないんじゃないのか? だから自分に色々と訊いてきたんだろう?」
落ち着いた西辻からの質問に、
「……それは、そうかも」
なにかを考えながら柿本は答える。
「だから、これからまた、一対一で、教えたり教わったりしていけば良いかと……いや、良い、っていうのは、性行為を許す、って意味じゃないぞ?」
また落ち着きを失くして、西辻は注意を付け足しておいた。
会話が一旦止まると、柿本の手首を掴んだ西辻の腕とは反対の腕がぐいっと掴まれて。西辻の唇に柿本の唇が当てられた。
一心不乱の口付けに苦しくなって、柿本の背中をばしばし叩く。すると唇は離されたが、今度はぎゅうっと抱き締めてきた。身体の骨が折れて、内臓が飛び出るほどの、物凄い力で。
突然のキスにはもちろん驚いたが。縛られて触られた時のような恐怖感は無い。それは抱き締められている現在も同じで。
柿本を本気で好きなのかはまだ分からない。これからは校内での接し方にも戸惑うだろう。
けれども「一対一で教える」と柿本とは約束してしまったから。教師と生徒ではなくなっても、その約束はちゃんと守りたい。
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