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四章七話 影井への交渉
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予定の時刻より二時間も遅くなって影井のマンションに到着した。
遅くなる事は伝えてあるので、春哉はこれからの交渉と告白に胸がはち切れそうな程緊張していた。
チャイムを鳴らして、ガチャとドアを開けた。
「お邪魔しまーす!!」
影井のマンションに足を踏み入れるのは二ヶ月ぶりである。ずっと学校、部活、バイトと忙しい毎日を送っていた。
「大丈夫だったか?」
何故遅れるのか、詳しく説明していないが、影井も特に聞かずに部屋の中に招いた。
いつものようにダイニングテーブルで向かい合って座った。
影井がコーヒーを入れたので、飲みながら少し談笑をした。
「ところで、春哉。大事な話ってなんだ?」
何の話をされるか知らないので呑気な顔をしている。言ってしまったらきっと怒られる事は春哉にも想像がついていたが、それでも曲げたくない事なのだ。
「影井さん! 僕と売買契約を結んでください!」
「……え?」
唐突な春哉の要求に、影井はポカンとした顔をした。
「売買契約? 誰が誰から何を買うんだ?」
「影井さん。僕はあなたから僕を買います」
「……。ごめん、言ってる意味がよく分からない」
「ですよね」
春哉は鞄から書類を取り出して、影井に見せるようにテーブルの上に置いた。
「こ、これっ! お、お前っ!!」
影井はようやく理解したのか、強ばった顔を春哉に向けた。
「それは、峰岸さんからもらった僕の売買契約書です。内容は知っての通り、峰岸さんから僕を十万円で売買したという契約内容です。
影井さんは十万円で僕を買い取りました、僕の価値は十万円以下です」
「春哉っ!! これはどういう事か説明しなさい!!」
影井が怒りに任せて怒鳴ってきたが、春哉は至って冷静に反論する。
「影井さん。黙って聞いていてください。
説明なら今からします。全部聞いてから怒っていいですよ。
これは取引です。大人の対応をお願いします」
「はぁ……。お前だってまだ子供だろうに」
「僕は子供かもしれません。でも、交渉の場に大人も子供も関係ないですよね?」
影井は渋々折れて、黙って続きを促した。
「僕は、あなたが所有している須賀春哉を買い取りたいと思っています。金額はそれと同じ十万円、いかがですか?」
春哉は封筒がグシャグシャになった十万円をテーブルの上に置いた。
「春哉。それは、お前が自分の価値を十万円だと思っての事か? それとも、俺に返金するつもりで出した金額か?」
「どちらも違います。僕は最初、松山に五千万円で買われました。安いですよね、人の値段にそんな金額の価値を付けて。
どんな高額だとしても人に金額を付けるべきではないです」
「でもそれを今春哉がしているんだぞ?」
「……話を戻しますね。
その後、僕は峰岸さんに五十万円で買われました。
正直恐怖でした。次売られたらまた価値が下がってもう誰にも買ってもらえない。
臓器売買に回されるんだって」
春哉は腕の袖をギュッと握った。あの時の恐怖と絶望は自分にしか分からない事だ。
自分で自分を守るには、防御力が圧倒的になかった。
「僕はあの時、誰かに購入されなければ死ぬだけの物でした。物です。誰かの物権によって所有されるべき物でした。
その後、影井さんが十万で買いましたよね。影井さんは僕に対して占有権を持ったんだ。
ねぇ、影井さんに買われた時、僕がどう考えていたか分かりますか?」
「また価値が下がったとでも思ったのか?
違うぞ、俺はお前の値段が十万だと思って払ったんじゃない!」
「分かってます。聞いて下さい。
あの時、僕は次こそ臓器売買なんだって思ってました。
けど影井さんは僕をここまで幸せにしてくれました。その点に関しては感謝しています。
でも! 僕は納得してません! 僕は僕を買い戻す! そうしないと僕はまだあなたの物のままです!
僕は僕を誰かの物だなんて思いたくない! ……です」
影井は黙って聞いていた。頷くでも否定するでもなく。だが、きちんと聞いていると目が言っているのが春哉には分かった。
「影井さんが峰岸さんに支払った十万以下の金額を出したくないから、同じ十万を影井さんに返して、物だった僕を、本当の意味で自分のものにする。
すなわち、自分の支配権は自分が持ちたいって事です」
「分かった。それで春哉が納得するなら。
こんな事しなくても、もう俺の物でもないし、自由だって言うのに。頭が堅い」
「すみません。僕の気持ちの問題なんです。
この先、何かあった時にあなたの所有物だという理由をつけて何かを諦めたくないんです」
「分かった。でもな、お前とあの組織との関わりは断ち切れているのは本当だ。
だから遠い未来、春哉が死亡した時、身体を組織に送り返されて臓器売買とかに回されないから安心して欲しい。
とりあえず、上への報告はこっちでやっておくから」
「うん! ありがとう! 影井さん大好き」
春哉はパァっと笑顔になると、想いのままに気持ちを伝えた。影井はまだ本気の恋であるとは分からない。
「はは。言い過ぎだよ」
「言い過ぎじゃないよ。影井さん、あと一つ大事な話があります。実はこっちの話の方がメインです」
「これ以上何言われても驚かないさ。なんだ?」
春哉は今までしていた真剣な顔が、にこりと優しく柔和な笑みに変わった。
「僕は影井さんが好きです。本気で。僕と付き合って下さい──って、影井さんっ!?」
先程以上に驚いた影井は、固まったまま動けなくなっていたのだった。
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