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毒舌ピエロとお喋りなマリオネット
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マリオネットは美しかった。
まるで本物のマリオネットの様だと誰もが称賛する程に。
そして、観客がそう思うのと同時に、ピエロも彼を美しいと思った。
でも、ピエロにとって、マリオネットとはそれだけで、美しいと思うだけのマネキンの様で、ただそれだけの存在だった。
マリオネットは、色白の肌にドウランを塗って、それから綺麗にアイラインを引いている。
日によって様々な色のアイシャドウも塗っていた。
唇の色は綺麗に消し、元々色素の薄いであろう髪の毛は綺麗にグレイに染め上げていた。
生き人形とはまさしく彼の事だと皆が思うほどの完成度がそこにはあった。
そして何より、一番彼を人形に近付けたのは全身に入っている刺青で、ブラックジャックの様な継ぎ接ぎが体中に入っていた。
ステージでマリオネットを演じる時、彼は確かにマリオネットだった。
彼は今日も人形としてステージに立っている。
対してピエロは全くマリオネットとは逆だった。
ドウランはピエロも塗っていたが、目の周りはそのまま塗り潰していたし、頬には真っ赤なチークを塗っていた。
唇は大きく縁取って、わざとらしい笑みを作れば、表情を動かさずとも、彼は何時も笑んでいた。
それなのに、目の下には必ず大粒の涙が一粒描かれるのだ。
「赤」がトレードマークと言わんばかりの化粧、スパイラルパーマの赤髪、笑っている様で泣いていて。
道化の其れに、矛盾点やけばけばしさはあっても、美しさなど微塵もなかった。
ずんぐりむっくりになる様にと目いっぱい真綿が詰められた衣装までもが彼の全てを隠していたから尚更だ。
けれども、マリオネットがピエロを不細工だと思った事は一度もなかった。
ピエロもまた、マリオネットに醜い嫉妬をする事はなかった。
それだけ二人の距離が遠い事を示唆しているのかもしれない。
また、ピエロが余りに人に対して、否、物事に対して興味や関心を示さなかったからかもしれない。
兎角、二人の間に悪っぽい感情は何一つなかった。
◆
終演後のサーカステントは、コミカルな音楽も流れず、拍手や歓声もなく、とても静かだ。
そして、上手くものが見えない程に、暗い。
出入り口に近い為にまだ中央や裏よりも明るい場所で、ピエロは息を吐いた。
ピエロは時々こうして、終演後のサーカステントに一人残った。
何故なら団員は皆既に各々のコンテナハウスに戻り、誰も立ち寄らない場所だから。
理由は簡単、それだけの事だ。
此処は気楽で良い。
今日はああ駄目で、ああ間違って……そんな団員達の反省会に付き合わされる事もない。
だから此処は気楽で、とても気持ちが良い。
まだ着替えてもない、化粧さえ落としてない、何だか今日は酷く億劫だった。
公演中、別にスベった訳ではないし、寧ろ普段より笑いが取れた方だ。
空中ブランコの連中が飛ぶ時も、マリオネットが踊る時も、ライオンが火の輪を潜る時も。
息を飲んだ後で、観客は皆驚き、喜び、拍手を送った。
そう、今日は特別成功した日なのだ。
それでも何だか今日は酷く億劫で、掃除が終わった後のこのだだっ広いテントにピエロは一人佇んでいる。
「…何してんだよ、クラウン」
「別に」
突然背後から掛けられた声にピエロは目を見開いたが、何だか聞き覚えのある声に素っ気なく返事を返した。
関係者以外立ち入り禁止の立て札だってあった筈だし、一般人の誰が好き好んでこんな真っ暗なテントを訪れるか。
いいや、誰も訪れない。
過去に忍び込んだ奴は数人居るが、どれも物取りだった筈で、幸いにもこの町は大変治安が良い。
凡そ、この声は団員の一人だ。
団員である事位しか分からないが。
「ここ、何か楽しーの」
「別に」
「そ、」
反省会やら雑談やらから逃げて来た筈なのに、それがどうだ。
今、ピエロは一人きりではない。
悪寒が走った。
「なぁ」
「……」
「今からさぁ、俺んち来いよ」
「……」
ピエロは返事を返さなかったのに、男はピエロの腕を引っ張ってテントから引き摺り出した。
まるで、ピエロの方が侵入者で、憩いの場から追放された風に思えて気分が悪くなったが、男のコンテナハウスに引き摺られる途中、ピエロは気付く。
マリオネット。
ショートカットのグレイが月明かりで見えた。
自分の腕を掴む、その手の手首や指には継ぎ接ぎがあって、それからブランドの香水の匂いがした。
◆
マリオネットはピエロに風呂を促した。
汗と化粧落として来いよ、と。
まんまの格好じゃ何かきもいじゃん、体が、と。
ピエロは大人しく従った。
スウェットは貸して貰った。
マリオネットはピエロより少しだけ背が高い。
しかし、その少しだけ、は服のサイズには支障をきたさなかった。
178cmと183cm、たったの5cmだ。
「お前さ、」
「……」
「ずっとここでクラウンやんの?」
「……」
「中年になって、そのほせーのが中年太りしてさ、」
「……」
「衣装の綿?とかいんなくなって。んで、化粧乗りも悪くなって」
「……」
「よぼよぼんなって、お払い箱んなって、捨てられて?」
「……」
「身寄りとかねーんだろ?したらお前どうなんの?」
「死ぬ」
「それでも、お前ここでクラウンやんの?お払い箱になるまで?」
「別に」
「ぶッ、」
化粧をすっかり落として、スパイラルパーマの赤髪のウィッグを外したピエロは物憂げな雰囲気だった。
くっきりとした二重と、長めの睫毛がまたそれを助長させているのだ。
真黒い髪は、ウィッグと同じ様にうねうねと細かくうねった長めのボブで、ドウランを落とした筈の肌は相変わらず白かった。
イスに座ってホットコーヒーを飲んでいたマリオネットは、そんなピエロを見詰めながら、べらべらとお喋りを重ねたが、ピエロの投げ遣りな返答に漫画かアニメみたくコーヒーを吹き出した。
汚い、とピエロは正直に思ったが、別段口に出す事でも無さそうで、そのまま思うだけに留める事にした。
そうして、テーブルを挟んだ向かい側のイスにピエロも座ると、マリオネットはテーブルの上を拭きながら再びべらべらとお喋りを始める。
「プリマドンナが言ってたんだよ」
「……」
「クラウンは、話し掛けてもつまらないわっつってさ」
「……」
「話続かねーから楽しくねぇって」
「……」
「俺は別にそーは思わねぇけどなぁ」
「……」
「すっぴんのお前って結構イケメンだって人気なの、知らねーんだろ」
「……」
「何つーか、エモいつってて。女達が」
「……あのさ」
「あ、うん?」
「確かに俺はピエロで、確かにクラウンって呼称は正しくは間違ってない。けど、クラウンって言うのは凄く昔のイギリスで馬芸ショーの合間に客のテンション維持させようっておどけた人等の事で。まぁ、ピエロをクラウンって言ったりもするけど、俺は目の下に涙を書く単なるピエロで。クラウンは涙書かないし、ピエロってクラウンよりももっと馬鹿みたいな感じだから。だから俺、クラウンじゃない。そういう立派なんじゃないし。列記としたピエロなの。クラウンって呼ぶな」
ピエロが、『ピエロとクラウンの違い』について饒舌に語り終え、己の呼称について訂正を入れるや否や、目を丸くしたマリオネットは再び盛大にコーヒーを吹き出した。
「それにコーヒー吹き出すの凄い汚いからやめろ」
マリオネットは、本日3度目のコーヒーを吹き出した。
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