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家に帰ると、“直己”の靴が乱暴に脱ぎ捨てられていた。
あれ?
今日、仕事だったはず…。
自分のそれよりも先に、裏を向いた皮靴を揃えて
狭い玄関の隅に寄せる。
「なおっ。ただいま!
今日は…早上がり?」
テレビも電気も消えている。
直己が家に1人の時はいつもそうだ。
僕は直己を支えなければいけない。
「……翼。今日もアイツといっぱい話した?」
僕が直己を傷つけてしまったのは昨夜の事だ。
いくら料理長とはいえ
直己の前で他人と並んでいるなんて、恋人失格。
だから、直己は今日もこうして
頭を抱えて部屋の隅で小さくなっていて。
「仕事だから…少しだけ。
でも大丈夫だよ?僕はなおが一番──っ。」
部屋の電気をつけて
息を呑んだ。
出る前は片付いていた部屋。
お揃いで買ったマグカップは割られ、テーブルには血のついた剃刀がギラリと鈍い光を放つ。
「昨日あんなに言ったじゃん……やっぱり翼は俺みたいなやつ嫌なんだ。アイツがいいんだろ。笑ってた。顔みて、話してた。はは…もう、死にたい。」
仕事用の派手やかなシャツに滲んだ赤。
衣装のまま帰ってくるほど直己の余裕が無いのは久しぶりだ。
赤い模様は肘の辺りまでに上っている。
「なお……直己、僕は直己のお陰で生きてる。
僕には直己だけ。直己が生きていてくれたらそれでいいんだ。死にたいなんて…言わないで。」
手の届かない位置まで剃刀を遠ざけ
うずくまる直己の背に腕を回した。
直己は異常に体温が低い。
動悸も凄まじく、少し触れただけで直己の痛み、苦しみが流れ込む。
複雑な家庭環境で育ち、親からの愛情もろくに貰えなかった孤独な人。
自分に価値を見出せず、ほんの些細な不安一つに
じわりじわりと全身を蝕まれてしまう、弱い人。
本来それを食い止めるべき僕が犯した過ちは、
直己にとって猛毒も同然。
「…翼が今日もアイツといるって思うとさあ、仕事出来なくて帰されちゃったじゃん。俺…無能だってさ。まともに人とも話せない無能。」
「僕のせいだ。…ごめんね、なお。ごめんね。」
なおが、これ以上自分を責める前に
僕がその罪を全部かぶるから。
なおを無能だというのなら、
なおをそうした僕のせいだ。
なおは、何にも悪く無い。
何度も言い聞かせて、直己の心が落ち着くまで
ずっとずっと抱きしめた。
「そうだよ…翼がいけないんだよ。
全部翼のせいなんだから。」
「うん。そうだ……だから、なお。」
お願い…酷くして。
ゆらりと頭をあげた直己は、
僕目掛けて拳を振り上げた。
「…あぁわかったよしてやるよッ!!!昨日も…今日もッ!!!
翼がいつも悪い…翼が!!ぜんぶ!!わるい!!」
「あ゛っ、ぅ……もっと、つよぐッ!!う゛あっ。」
これが僕たちの愛の形。
僕が居なければ
僕を責めなければ心が崩壊する直己と
求められる事で、自分にようやく生きる理由を知る僕。
頬を打つ骨張った拳が怖いと感じるのは最初だけ。
痛みは安心へと姿を変え、傷んだ身体は直己を救った証拠となり、意味を持つ。
意識が遠のいていく中で、直己の目が憂いや闇を纏ったそれから、怒りに狂って輝きを取り戻すのを見守った。
束の間でも構わない。
直己の痛みを僕にぶつけてくれる間
直己は辛く無い。
ああ、今日はせめて
シてくれる時まで意識が持つといいな。
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