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あの出来事以来、夏目が店に顔を出すことはなかった。
当たり前だが、例のホストサイトから翼夏緒希の名前は消え、ナンバーも入れ替わっている。
――2日前、学生時代の友人が倒れたと知らせを受けて
昨夜も遅くまで仕事だったというのに
ほとんど眠ることもなく病院へと足を運んだ。
「わざわざありがとな!つかお前、今日も眠そうな顔してんなー。料理長やってんだっけ?繁盛してっかー?」
「本当だよ。寝不足なんだから。
…大したことないじゃ無いか。」
全てに返す気力は残ってない。
夏目が居なくなって一層慌ただしくなった夜の時間帯。
遅くとも3時ごろで帰れた平日も、気づけば空が白んでいる事が増えた。
想い人を失い……それも酷く嫌われ、拒まれて。
まだ完全に気持ちをリセットすることもできないまま、次から次へと押し寄せる仕事を手当たり次第で片す毎日。
忙しくて良かったと思わずには居られない。
帰る前にコーヒーでも買いに行こう。
そう思い立ち、敷地内の自販機に足を運んだその時。
「翼、毛布が。」
「ん?あ…本当だズレてる。
寒かったよね、直すから待ってね。」
聞き慣れない声色だった。
確かに聞いたことのあるそれなのに
雰囲気も、纏う空気も何もかも俺が知っている彼らのものではなくて。
覚えのある名前にちらりと視線を向ければ、
傷一つない可愛らしい顔の子が、
車椅子に座る男の膝に掛かった毛布を直している
病院ならではの微笑ましい光景。
…車椅子の男は、片足が無かった。
俺の身勝手な判断により負った傷は
そこまで酷かったという事。
それでも2人は、仲睦まじく笑い合っている。
ああ、俺にはわからない。
今もまだ、退院したナオが綺麗な顔に傷を付けていく事を想像して、夏目を助けてやりたいなどと偽善めいた正義感が働くのだから
俺もいい加減馬鹿なのかもしれない。
夏目にとってそれはなんの救いにもならないのに。
夏目は、確かに幸せなのだ。
夏目は、なにも苦しんでなんて居なかったのだ。
夏目を苦しめていたのは、ナオではなく俺だったのだ。
俺は、彼らの横を通り抜ける。
声をかけることもなく、足を止めることもなく。
今の二人にとって、俺はただの通行人Aに過ぎない。
『僕たちの邪魔するな』
夏目から放たれた一言が
数ヶ月の時を経た今でも、頭にしつこく張り付いている。
fin.
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