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絶望は甘い罠1
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「おいっ!ちょっと待てって!」
「…」
久しぶりに会った弟の表情は、とても暗くて寂しそうだった。
彼は、なにも言葉を発することができずに、呪術で抜き取った彼の体の一部を残して、ただ立ち去ろうとしていた。
「や、やめろってあんなに言っただろっ」
なにを言っても、どんな言葉を使っても、弟の暗い表情を明るくすることも、挑発して感情を昂らせることもできない。
褪せた感情、気味の悪い静寂。
ただ、暗い…色の濃い真っ黒な空気を纏っていた。
そんな弟の雰囲気に引き摺り込まれそうになって、弱る心を叱咤させた。
「…」
もし死んだとしても後悔はないよ。
口と舌がそう動いていた。
いっそ殺してくれと言っているようにも聞こえた。
「…」
ただ、ただ…
ひたすらに、その静かで悲しい背中を見送るしかなかった。
なんて声をかけてやれば良いのか分からないまま、背中は遠ざかっていく。
なにもしてやれず、彼の力にも慣れない無力さを感じた。
「…」
ツンツンと、足元で人形が布をひっぱった。
「そう、アイツ末の弟」
同じ師を仰いだ7人の弟子の中で最後に弟子になったから、末の弟と呼んでいる。血の繋がりはない。
昔から世話のかかるやつで、鈍臭くて容量が悪い。
だから、目が離せなくて、見ていたらイライラするから幼い感情に任せてよくからかっていた。
度がすぎて泣かせたこともあったし、それが引き金で兄に怒られたこともあった。喧嘩もよくした。
その頃のアイツは、もっと表情が豊で無邪気だった。
よく笑ったし、泣いたし、ムキになってた。
別人ではないかと思うほど、表情も顔つきも変わっていた。
その背中を見送る間に、いろんな思い出が浮かんでは消えていく。
「…大馬鹿野郎」
呟く小さな言葉は、空気に溶けて弟には届かなかった。
弟に渡されたものは、彼の体の一部を取り出したものだ。
掌の中に白くおさまる小さなそれは…
これを兄弟1人1人に渡して回るつもりなのだろう。
まるで、丁寧な別れを告げるかのようにも思えた。
弟は、そのせいで声を発することができない体になってしまった。
叫ぶことも、助けを呼ぶことも、甘えることさえしないという決意の現れのようでもあった。
口の形と舌の形で、なんとか言葉を読み取ることができたが、他の兄弟が同じように言葉を読み取ることは、おそらくはできない。
自らの思いを表現できる方法を失った弟の背中は、あまりにも悲しげだった。
そんな弟は、なにも望んではいなかった。
自らの心を閉ざしたような、他人を拒絶しているかのようだ。
それでも老師の言葉を信じて、彼は1歩1歩前へ進んでいるのだ。
決して、緩やかな道ではない、険しい道を…
彼を見守り、彼にとっての『色』とはなんであるかを問い続けるしかない。
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