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絶望は甘い罠8
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「大丈夫やってオウの弟やろ?」
暖かく優しい涙が、haldiの肩に染みる。
この人のこういうところが、堪らなく愛おしい。
「でも、でもっ、あいつ昔から鈍臭いしっ!馬鹿だしっ!」
わわわー
と、泣き出したオウの背をhaldiは優しくなだめる。
haldiが、オウと出会った頃。
心も体もボロボロで、それでも死ぬことは決して許されず、ただ生かされていた。
haldiは、ヴァンパイア族に生まれ特殊な遺伝子を持つ存在として、幼い頃から特別な場所で特別な教育をされていた。
やがて思春期が訪れた頃と同時くらいに、haldiは世間から隔離された。
自らの特殊な遺伝子の力に翻弄されて、いっそ全て血を抜いて取り替えられたらきっと楽だったのだろうが、いくらヴァンパイアといえどそんなことができるわけはない。
隔離された場所で、常に愛情には飢えているのにも関わらず、潤うことのない心に絶え間なく涙を流した。
相手を恨んで、世間を憎んで死ねたら、本望だろうにと同情される始末。
子孫繁栄とは名ばかりで、人権や倫理観なんてまるでない。
あの時のhaldiは家畜のようだった。
そんな中出会ったオウは、haldiにとってまさに希望だった。
死霊魔術師が、魔術師と違うところは、死霊を使役出来る事だけではない。
一般的な魔術師は、複雑で膨大な知識故、才の限界などにより、浅知恵の者も多い。
見た目だけとか、少しかじったことがあるとか、自称魔術師を名乗るものもいる程だ。
そうではない人達からは、崇高な存在として特別な待遇をしてもらえることから、未熟な魔術師も世間には沢山いる。
だが、死霊魔術師は、その名を名乗ることで差別や偏見の目を向けられる。
最悪、命を狙われることがあるため、余程の理由がない限りは自らが死霊魔術師とは名乗らない。
死霊魔術師でさえ、身分を隠すために魔術師を名乗ることもある程なのだ。
しかも、死体を使役し、魂を現世に止めるという神をも反する所業故、生半可な魔術の知識では死霊魔術師にはなれない。
だから、あの時。
haldiの前で死霊魔術師と名乗ったオウは、神々しく救世主のように思えて仕方がなかった。
この人に一生忠義を誓おう。
そう思った。
自らの柵から、唯一救ってくれる可能性を秘めた崇高な存在。
彼を逃したら、一生隔離されたまま、死ぬまで売女以下の扱いをされる気がした。
だから、haldiは必死にオウを説得した。
オウには何度も反対されたが、優しいオウは最後には折れてhaldiの気持ちを尊重してくれた。
haldiは、現実から解放されたその瞬間、今でも忘れない。
逆さまに産まれたような開放感の中、目を開けて一番最初に写ったオウの表情を見たその時、その一瞬のために存在しているのだと思った。
オウは、そのとき2つの呪術をhaldiに施して運命を変えた。
1つ目は、haldiを死霊にしたこと。
2つ目は、頸椎を抜く呪術を施したこと。
haldiの細くて白い首にはたくさんの噛み跡があった。
ヴァンパイア族の特殊な遺伝子を持つものとして、癒えることのない傷がたくさんついていたのだ。
それは、もう二度と自らの柵に翻弄されない方法だとオウは説明してくれた。
体は死霊となり、宿命から解放された。
あとは都合よく呪術を駆使して自分の意のままに体の機能を支配する。
haldiにとって、こんなに喜ばしいことはなかった。
翻弄されることのない運命と解放された欲望。
呪術で上から3番目の頸椎をぬいて、縫合すると傷跡は上書きされるように見えずらくなった。
頸椎を抜く呪術は大変苦しかったが、haldiにとって今までの地獄のような日々から解放された喜びの方が大きく、なんてことはなかった。
だから、オウが今更泣く必要はないのだ。
haldiが知る限りオウは普通の魔術師よりも才能があり優秀だ。
オウ以外に呪術を施してもらったことはないが、きっと上手だったんだと思う。
「…あいつも、自分の柵から逃れたくてもがいてんだ…」
オウは、ひとしきり感情を吐き出すと落ち着いてずずずっと鼻をすすった。
「せやね」
haldiは、腕の力を緩めてオウの顔を覗き込む。
オウの死霊になったことに後悔なんて微塵もない。
この人が、例え悪人であっても…
世界から見放されて、蔑まれても。
haldiだけは決してオウを裏切らないと誓える。
彼が死ぬ瞬間、運命を共にできれば本望。
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