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⑤
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あの日はよく晴れた日だった。
りんご畑には赤い実が星のように成っていて、冷えた空気で咲き始めた花の甘い匂いが鼻の奥をくすぐった。昼間に何をして遊んでいたのかは覚えていない、きっといつもみたいに畑から何かを盗んで食べるか、川で魚と蟹を捕まえていたくらいだと思う。日が暮れてからりんご畑のまわりの石垣に座って二人で夕日を見ていた。
「俺、今度違う町に行かなきゃなんだ。親父とおふくろが別れるって事になって…おふくろは都会の方に行くからついてこいって言われてさ。」
橙色の夕日が照りつけて影は一層濃さを増す、少しうつむいたままのシガーの顔を俺は見ることができなかった。
「…そっか。会えなくなっちゃうね。」
驚いたようすもなくシガーはそう言った。時々親同士で話すこともあったからもしかしたら事前に聞いていたのかも知れない、それかただ実感がわかなかっただけなのかは分からなかった。
「どうせ居なくなるし…変なこと言っても良い? 」
やっとシガーは顔を上げてトクトの横顔を見る。相手がこちらを見たのが分かりトクトもシガーの顔を見た。
「俺さ、シガーの事好きだよ。仲の良い友達のやつじゃなくて、エロいことしたいなの方の好き。」
照れて苦い顔をしながらトクトは誤魔化すように笑った。シガーは元々大きな目をさらに丸くして、別れの事実よりも遥かに驚いた顔をしていた。
「ごめん、今の忘れてくれて良いから。また会えるかとか分からないし…」
「また会おうよ! 」
突然大きな声でそう言ったシガーに今度はトクトが驚かされた。
「僕はそういうのよく分からないけど、トクトとはまた会いたい。ずっとトクトと仲良しでいたい。エロいこと出きるかは分からないけど、でもトクトになら何されても平気、だと…思う。」
語尾がいつも通りに小さくなるのが可笑しくて、トクトは笑ってしまった。
「じゃあ俺とキスできる? 」
咄嗟の質問にシガーは手を落ち着きなくバタつかせ始めた。その手を握り目をしっかり見て顔を近づける。
「ほら、嫌だって言うなら今のうちだぞ。」
気がつけば白い肌が分かりやすく赤く染まっていた。夕日のせいだと誤魔化しきれない程にだ。
目をそっと閉じたシガー唇にトクトは自分の唇を柔らかく当てた。
顔を離してみたシガーの目からは涙が垂れ落ちた。
「ごめっ! 俺っ、良いのかと思って…! 」
「ちがっ、違うんだ。嬉しくて、僕。」
「なんだか胸が苦しくなるくらい嬉しいんだ。トクトに好きって言ってもらえて、トクトにキスしてもらえて、僕はトクトの好きになれて良かったって、そう…凄くそう思ったんだ。」
握っていた手を離し腰にまわして抱き寄せる。ひくひくと涙で震える細い体が壊れてしまわないように、それでも離れていかないように強く抱きしめる。
「俺、シガーの事ずっと好きでいるよ。また帰ってくるから。きっと。」
耳元から伝わるその言葉はシガーの全身に溶けた。
石壁には今日も祈りの言葉が響いている。
それが求めるのは安息か救済か。それともただの言葉の羅列でしかないのか察することはできない。だが、理解したいとも思わない。
黒いローブを纏いトクトは今日も教会にいた。
あれ以来シガーは家にも来ず、教会でも高嶺の花のように扱われているため話すこともできなかった。それでも彼の口から真意を聞くまでは諦め切る事ができなかった。
トクトは偽りの信仰心で教団に入り、シガーと教主の関係を探り、もしシガーが弱みを握られていたり自分の意思と反することをさせられているなら助け出そうと考えていた。シガーのためと心に誓いトクトは教団から正式にローブと紋章の首飾りを受け取った。
昼間は本来の仕事をし、夜になると教団の集会に参加して祈りを捧げた。来る日も来る日も人々は天使の像と教主を囲み祈りを捧げていた。トクトはまったくもってその良さも意味もわからないまま、シガーと話ができる時をただひたすらに待っていた。
そんなある日の事。
いつものお祈りの時間が終わると何故か教主がトクトの所へやって来た。
「やあ、君はシガーの友達だったね。シガーにつられて最初に来ただけかと思っていたらここの所ずっと通ってくれているそうじゃないか、ありがとう。」
優しくそう言ってから教主は手を差しのべてきた。トクトはその手をしっかりと握り握手を交わす。
「ええ、思っていたより居心地が良くて、人との交流は勉強にもなるし、楽しませてもらっています。」
トクトは心にもない言葉を偽りから紡ぎ上げた。
「良かったら少し付き合ってはもらえないかな?」
「ええ、喜んで。」 トクトは上達した作り笑いで嬉しそうに頷いた。
「祈りの間ある天使の像はいつもみているね。天使は人々に癒しを与え苦しみから解き放つとされる神の使徒だ。我等が唱える神もあの天使から来ていると言うことは入団の時に聞いたかな。」
長い廊下を歩きながら教主はそう話を始めた。トクトは熱心なふりをして聞きながら隣を歩く。後ろにも二人の信者がついて回っていた。
「ええ、勿論です。伝承に残る癒しの天使をモチーフとして教主様はこの教団を作られたんですよね。人々に癒しを与えるために。」
「実に勤勉でよろしい。」教主は満足そうに頷いた。
ふと立ち止まると教主は急にトクトの顔を覗いた。
「そういえば最近シガーには会ったかい? 」
「いいえ。」
「そうか、友に会えないのは悲しいことだ。彼も実に勤勉でね、私自身彼に助けてもらっていることも多い。ここ最近もたいへんな仕事をつい任せきりにしてしまっている。…良かったらシガーの仕事場に一緒に行かないかね。」
シガーと会えれば何が二人の関係の手がかりが掴めるかも知れない。これはチャンスだ、そう思いトクトは教主についていった。何よりシガーに久しぶりに会えるのはとても嬉しいことだった。
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