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ニ、
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皆が寝静まった丑満時。
部屋に近づく小さな足音を聞いた。
その音は部屋の前で止まり、ふすまの模様を指で撫でる。
俺はそれに畳を微かに引っ掻いて応えた。
これも、甘遊苑で決めた秘密の合図。
「…誰にも見られてないだろうなっ。」
「見られても便所とでも言えばいいだろ?」
殿方に向けて間違っても失礼な口を聞かないよう、
店主に対しても同輩に対しても常日頃から堅苦しい都の言葉を使うというのは、どうにも息が苦しくなるもので。
そんな時、こうして寅松と2人きりの時だけ
村にいた頃のように砕けた言葉で会話を交わせるのも
心身を癒すことの出来るかけがえのない時間だ。
「セン…はぁぁ、ようやく2人だ。」
寅松は俺の身体もろとも畳の上に倒れ込み、
首元を熱い息で潤した。
直に触れられたわけでも無いのに、その温もりは快感となって下腹部にまで行き渡る。
なんて…妙な身体になってしまったものだ。
緩く紐で結ばれただけの寅松の寝巻きは既に開(はだ)け、月明かりは厭らしく胸元の飾りを照らした。
「この間抱いた時から…何人の男と寝た?」
「なっ…そんなの、数えてられるか!」
毎日毎日気が狂いそうなほど繰り返される性行為。
それで金銭を得ている身で、客の数など数えていられないのが本音なのだ。
──が、寅松は俺の反論に瞬刻眉を顰めると
俺の唇の端から端までを指の腹で舐めるように滑らせる。
それだけで身体の芯は震え、再度折り返した指が下唇の中心を揉む頃には
次を期待した心臓が、激しくその身を弾ませていた。
「ほう…数えきれぬ程口付けも交わしたと。
それは俺が消毒してやらないとなぁ?セン。」
「っん…。」
途端、自身の親指ごと飲み込む程の勢いで
寅松は俺の唇を食む。
小さなシワ一つ一つ、僅かに残った紅まで余さず吸い取るように。
そして強引に、俺の中に潜む欲を引き摺り出すかのように。
あぁ……っ、もう
寅松からの口付けだけで
頭が熱くて、どうかなりそうだ。
湿った舌を差し込まれ、息の仕方も忘れる深い口付け。
殿方も相当激しいが、どんなに手慣れたそれと比べたところで
愛の深さも温もりも、
どれもこれも寅松に敵う者は居ない。
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