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八、
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寅松が店を空けて3日目の晩だった。
明日になればようやく会える。
それだけで蜘蛛の糸を見つけたような感覚を味わう。
「ほう…そなた綺麗な顔をしておるな。
名は何と申す。」
「…桃と申します。」
だが、俺は忘れていた。
地獄でもがき苦しむ者は、糸に縋るも
ぷつんと断たれて真っ逆さまになるのが話の決り。
この日、この晩、蜘蛛の糸を例えに出した事は
何一つ間違っていなかった。
…俺がついたこの客は、“柘榴”をよく知っていた。
「桃か。良い名だ。
その小さくて柔い尻は正に桃の実よ。」
「…またご冗談を。」
顔を見て、すぐに分かった。
この男…寅松の客だ。
この客が来れば、それまで寅松が相手をしていた者などすぐさま追い払われてしまうのだから
少なくとも、こんな仕事でもしていなけりゃ
俺如きは話す事すら許されないお高いご身分なのだろう。
思った通り、彼の抱き方はとても優しく
立場ゆえの大人の余裕なのかと納得が出来た。
「本日は桃がお相手をさせていただきました。
…明日より柘榴も戻りますゆえ、どうかご贔屓に。」
人の客の相手をした時の決まり文句。
あくまで俺は代わりであり、無闇に股をかけぬよう
規則に則ったその言葉。
これを言えば、大抵の客は邪な下心を見透かされたと肩を落とす。
もしくは
「柘榴が戻るか。それは楽しみだ。」
本命の遊女への独占欲を剥き出しにした自慢を始める。
──運悪く、この客は後者だった。
「柘榴は美しい。熟れた柘榴のように絡みつき私をもてなす菊門の美しさと言ったら…。
女の姿をしておきながら、程よく付いた筋肉がまた堪らぬのだ。」
「…ふふ、左様でございますか。」
寅松の事はいくらでも知っているつもりだった。
けれど、俺は寅松のナカまでを知らない。
この男は寅松の身体を隅々まで知り尽くしている。
そう思うと…何故だろうか
帯はとうに解け、締め付けなどどこにも無いはずなのに。
じくりと、胸の奥が痛んだ。
だが、地獄に終わりがないように
男の口も止まる事はない。
「私はな、桃。身体だけでなく、柘榴の心に惚れているのだ。」
「こころ……でございますか?」
「あぁそうだ。」
それ以上は嫌だ。聞きたくない。
喉の境目で暴れる気持ちが飛び出さぬよう、下唇を噛む。
寅松の客に無礼な物言いは許されない。
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