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一六、
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駕籠から姿を現した姫は、長い髪を毛先で束ねて
あの頃とは比べようも無いほど上質な着物を身に纏い
淑やかに足を下ろす。
妻と呼ばれた人物は、俺を目にするや否や、上品に伏せていた睫毛を上げて目を見開いて。
「、ぁ…………。」
妖美な立ち振る舞いは、誰が見ても男だとは想像もつかないであろうが
その肌艶の良い長髪の美人が
俺を見て、酷く顔を引き攣らせる。
7年ぶりの“柘榴”は
どこからどう見ても申し分のない立派な姫になっていた。
「…柘榴?昔馴染みの友ならば、私は少しこの辺りを見て回るが?」
妻と俺を交互に見た“柘榴の夫”は
そう言うと、優しく妻の肩を押す。
柘榴の透き通った瞳が、俺を映して大きく揺らめいたその時だった。
「お父ぉー!そのひと、だぁれ?」
「これっ待ちなさい!」
俺の元に駆け寄るのは
まだ3つになったばかりの…息子と、妻。
──あれから、母の強い勧めで村の娘と見合いをし
なんとか子を成して、ごく一般的な幸せを手にしたのだった。
あの時、素直になれていたならば
柘榴に我が子を抱かせ、笑い合う事が出来ただろうか。
あの時、互いにわけを話していたならば
またその、涙を堪える顔をさせないで済んだだろうか。
未来は変わっていただろうか。
「……とても元気で、可愛らしいお子でございますね。」
無言の数刻を置いたのち、
ぐっと息を飲み込んだ目の前の姫は
凛と胸を張り、
俺の知らない、気高く厳かな笑みを浮かべていた。
「その手のものは…。」
そして、俺の右手に握られているある果実を指さす。
毎年これが熟れるたび、口にするたび
君を想い、君の幸せを願って
人知れず袖を濡らした。
──なあ、寅松。
俺の願いは、届いただろうか。
君は、幸せになれただろうか。
「…柘榴の、実でございます。
これは今年の初物です…まだ早熟かもしれませんが…っ。
どうか……一つ、受け取って、いた…だけませんでしょ、か…っ。」
もしかしたら、一つ二つ、涙が頬を伝い落ちたかもしれない。
しかし、それを拭ってくれる寅松という男は
もう何処にも居なかった。
土のついた黒い不格好な手に、白くしなやかな指先が
ほんの一瞬だけ、触れる。
あぁ
今すぐその胸に飛び込みたい。
そんな気持ちすら抱けないほど、
貴方はとても美しい。
両端を仄かに上げた唇は、もうあの日のように噛み潰された痛々しいものではない。
この道が、正解だっただろうか。
俺達にとって、別々の人生を歩む道こそが
正しい理であったと思っても良いだろうか。
天女のように美しい姫は
大切そうに、自身と同じ名の実を両手で包んで
恐らく正体に気がつき、言葉に詰まる母と
それから俺の妻子に深く、長い間頭を下げると
背を向けて、再び駕籠の中へと消えてゆく。
艶のある長い髪が好きだった。
目尻の下がる笑顔が好きだった。
勇ましく、それでいて色気のある
俺の全てを深く愛で包み込んでくれる君を
寅松を
愛していた。
……愛している。
今もずっと、これからも。
この先いつか夢で逢えても
俺の想いが届く事はもう無いだろう。
だから
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