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隣りのクラスの宇佐美は特に用もなく俺の所に来る。それはいつものことなので、こちらとしても返事がついおざなりになってしまうのは仕方のないことだ。でも携帯をいじる手は止めた。宇佐美が視界に入った瞬間に携帯を伏せた。
「おっす」
「綿貫んとこのクラスに転校生が来るらしいじゃん。もう聞いた?」
「あー、うん。らしいね」
「らしいね、ってお前なぁ。じゃあお前の後ろの見慣れない空席は」
「たぶん転校生が座るんだろうね」
「窓際最後列とかうらやまー。俺先に座っちゃおっと」
宇佐美が後ろに座ったため、話しかけやすいように俺も体の向きを90°横にした。
「来るのは男子だってさ」
「へー。どうりで女子がそわそわしてんのか!」
女子ーー? 宇佐美に言われて初めて教室を見渡した。確かに各所で立ち話に興じる集団がいくつも出来上がっている。そわそわというより、色めき立っているような。
そんな屋内とは裏腹に、ふと窓の外を見ると雨。
「じゃまた休み時間にな。転校生の顔拝みに来るわ」
転校生? そんなのどうだってよかった。俺にしてみれば数あるトピックの中の一つというだけ。本当にただそれだけのことだった。
転校生が来たのは6月1日のこと。夏の始まりを覚悟させるような高湿度な雨が降る頃だったと記憶している。
その日も土砂降りを連れてきた。
か
め
亀 い
戸 ど
歩 あ
ゆ
む
「初めまして。亀戸歩と言います。よろしくお願いします」
担任の話は普段ろくに聞きもしないのに、初対面の転校生ともなると皆借りてきた猫のように姿勢を正し、静聴している。そのうえで転校生がどんな人柄なのか、仲良くなれそうなのか、少ない材料で判定しているのだろう。
(亀戸か。この辺では聞かない苗字だけど、どっから来たんだろ)
(先生よりも小さいし170はないか)
(何部かな)
クラスメイトたちの思考が次々立ち昇り、雲を形成してそこらを漂っているように感じた。誰もが素知らぬように努めているが、視線から滲み出る好奇心だけは隠し切れていない。
転校生は促されるまま教卓から指定の席へ着く。俺のすぐ右側を通って後ろの席へ。着席する間際、後ろから囁き声。
これからよろしくね。
え、聞き間違いか? 今のは俺に言ったの?
振り返ると転校生と目が合う。嬉しそうな笑顔がそこには咲いていた。
ひとまず頷いておいた。
ホームルームが終わると、すぐに肩をつつかれた。後ろの転校生だ。またもや意表を突かれ、思わず振り返る。
「ねぇねぇ、お名前教えてもらってもいい?」
「俺? 綿貫」
「綿貫ね、おっけー。じゃあ“たぬきち”って呼ぶよ」
「なんでさ」俺とどうぶつの森にどんな因果関係が?
「わたぬき、でしょ? たぬきが入ってるから」
まるで小学生の発想である。俺は好きにしてとだけ答えた。
「いやーマジ緊張したよ。校長室とか職員室は大したことないんだけど、やっぱ教室は別だわ。初対面が30人以上いきなり目の前に現れるんだよ? 心の準備させてよーって感じ。テンパるテンパる。制服もまだ着慣れてなくてさ、さっきの僕どうだった? キョドってなかった?」
「え、えーっと」
転校生の饒舌っぷりに俺がキョドってしまったじゃないか。マシンガンほどの早さがあるわけではないが、そこに初対面の人間に抱く遠慮や躊躇は一切感じられなかった。こちらも思わずあれ、こいつと知り合いだったっけ? と錯覚してしまうくらい。
「全然普通だったよ、うん。自信持って」
俺も笑い返してやると、彼は胸を撫で下ろすジェスチャーとともに胸を撫で下ろした。
「よかったぁ、自信持つわ。僕ってよく『落ち着きがない』とか『動きがうるさい』って言われるからさ、せめて最初は真面目モードでいこうと思ったわけ。作戦が功を奏したな」
「用意周到だね」
俺は呆気にとられてしまう。コミュ力の塊のような男じゃないか。今日の天気と相まって陰気な男子なのではと密かに思っていたが、擦りもしなかった。こんな雨雲を彼方まで押しやってしまえるほどの陽気さがある。この1分足らずでそれは容易に掴めた。こういうタイプ苦手だわ。
俺と話しているのを見かけたのか、二人の女子が様子を見にきた。
「綿貫楽しそうだね。なんの話?」
いや、これといって話という話はしていない。
「これからよろしくね亀戸くん」
「ああ、歩でいいよ。君付けされるキャラじゃないし」
「そう? あんまり違和感ないよ。歩くんってさ年上にモテそう」
「しくしく、出来ることならあらゆる年代にモテたいものです……」
「あはは! 歩くんならいけるって!」
掴みはバッチリ。なんという早技だ。和気あいあいとしながらもあっという間にLINEでともだち登録を済ませ、クラスのグルチャの仲間入りを果たしていた。
転校生という人種の相場が分からない。こんな開幕ブーストかましてくるのではなく、数ヶ月後に徐々に馴染んでくるのが定石ではなかったか。こちらが心配する暇すら与えなかった。もっと控えめだったほうがまだ可愛げがあったものを。
「英語の青山って先生はだいぶお年を召してる人だから、名簿通りに当てていくけど時々飛ばしたりずれたりするから要注意ね。しかも一度の授業で一巡するから予習は必須」
すでに学年の教師に対する注意事項に移っていた。歩はうんうんと頷きながら女子のうんちくに耳を傾けている。この時点で鼻白んでしまったため、俺は前を向いて教科書の準備を始めた。
「ねぇねぇたぬきち」
早速その名で呼ぶか。
「なに」
「見てほら。てるてる坊主作ったんだ」
あ。無理。
「……器用だね」
「一緒に吊るす?」
「ううん。見てる」
歩がてるてる坊主の首を吊っている一部始終を見ながら、俺はある結論に至った。
これは苦手意識ではない。
単に嫌いなんだ。
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