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“宇佐美のこと好きだから”
校門が近づくにつれ、昨夜の記憶が耳元にまとわりつくようだった。ましてやそこに歩の後ろ姿を見つけてしまったからには意識するなというほうが難しい。
恋敵とはこんなにも目障りなものなんだな。
俺が怯んで二の足を踏んでいるその真っ最中に、法定速度を守らずに宇佐美への最短距離を邁進した。にしてもさすがに早過ぎでしょう。転校して一週間なんて、もはや一目惚れじゃないか。足は遅いくせに手は早いなんて人としてどうなんだ。
俺は間近でリアクションを拝みたくて初めて自分から駆け寄った。たった今来たばかりで下駄箱に細工の施しようもない人物として、堂々と接するつもりだ。
「おはよ」
「たぬきち! おはよ!」
下駄箱の洗礼が待ち受けているとも知らず、歩の足取りは軽い。
「あのね、昨日の件なんだけど」
「昨日の? ああ、うん」
「他の人にはまだ内緒だよ」
まだ、ね。いずれ公言する気はあるということか。
「今度は三人で行こう。ウサミンも誘っ……て……ん?」
蓋を開けた歩は案の定言葉に詰まっている。だが下駄箱から砂金のようなものが零れ落ちたのを見た瞬間、俺も同様に言葉を失ってしまった。
ちゃり、ちゃり。小雨のように落下したのは画鋲だった。
「え、ちょっ……」
下駄箱をオープン。二人で中を覗き込む。
陽が当たらない空間で鈍い光を放つ画鋲の山……に埋もれた内履きが異様に白く見えた。
「嘘でしょ。なんでこんな」
床で散らばる画鋲を回収するのに必死になっている歩を横目に、俺は下駄箱の内部が気になっていた。画鋲をかき分けて探すも、昨日の「ホモ」用紙が見当たらない。どこだ。画鋲は俺が関与していないことだから、明らかに第三勢力が参戦している。
歩の手が急に止まった。視線がある一点に集中している。掲示板を見ているようだった。
隅に、小さな紙が画鋲で留められている。
転校生
亀戸歩は ホ モ 野郎
(淫夢) ↖︎尻に気をつけろ
俺が用意した紙は、俺が言うのもなんだが悪意が倍増して戻ってきた。犯人の目星はついている。宇佐美に好意を寄せる女子が一人や二人ではないことを知っている。俺も一度目をつけられたことがあるから確かだ。
「宇佐美って、まあ同性から見てもかっこいい部類に入るじゃん? そうなると一部の女子は悪い意味で盛り上がっちゃうもんなんだ。これもきっとそう」
ホモ紙を剥ぎ取り、握り潰す。それを見ていた歩もようやく立ち上がった。と思ったら俺の制服を片手で摘んできた。
それは呆れるほど弱い力だった。
「ねぇ。人をさ……す、好きになることって悪いことなのかな」
俺はため息が出そうになるのを堪え、振り返った。
「悪いわけないでしょ。法律にそんな規則ないし、そんなことになったら世の中悪人だらけだよ」
「……なんか、たぬきちって現実主義って感じ」
「でもこれだけは覚えておいたほうがいいよ。誰かと誰かの恋が成就するなら、実らなくなる想いもあるはずだから、そこには確実に恨みが生じるってこと」
歩は真っ直ぐ俺を見る。遅めの瞬きをする彼は俺の言葉をなんとか嚥下しようとしているように見えた。
「他人から恨まれても気にしないほど面の皮が厚いか、もしくは恨まれる覚悟があるんなら、好きになればいいんじゃない」
「……そっ、か。ありがと、元気出た」
馬鹿だなぁ。今のが鼓舞に聞こえたというの? どこまでおめでたいんだ。
俺にはそんなつもりないのに。歩を励ますつもりなんて、これっぽっちも……なかったはずなのになぁ。
自分の席がめちゃくちゃになっているのを見たら今度こそ歩は泣いてしまうんじゃないかと気が気ではなかった俺だが、教室に入ってから拍子抜けしてしまった。
机も椅子も散らばった教科書も整理されていた。そこには昨日の乱雑さのかけらもない。クラス委員長が意味ありげな視線をこちらに寄越したのを見るに、先に登校した生徒たちでさすがにこれはまずいと判断し、復旧させたことが窺える。
だが歩は何かしら不穏を感じ取ったようだ。集中する好奇の視線、明らかに順番が入れ替わっている教科書、ゴミ箱から覗くてるてる坊主の生首……判断材料は揃っていた。
しかし水面下の事情には目もくれず、授業は滞りなく進行していった。歩が酷い目に遭っているのをクラスメイトだけが知っているし、それがこれからエスカレートしていくのを俺だけが知っている。
かちかち、かちかち。俺の後ろから、シャーペンの芯を出す音がひっきりなしに聞こえる。どうやら歩の癖のようだ。かちかち、かちかち……。
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