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成長
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過去のことを思い出しながらパスタを茹で、適当にミートソースを絡める。
あんなにボロボロだった蒼李もここまでよく成長してくれたものだ。
施設から引き取った日、つまり蒼李がこの家に来た時に初めて食べたのがパスタだ。
一応パンとご飯とパスタを並べて食卓に置いていたのだが、がっついて食べていたのがミートソースパスタで、そこから蒼李はすっかりパスタ好きになっている。
これだけじゃ物足りないかな…。
コンビニで買ってきておいたサラダにツナを和えて和風ドレッシングを添える。
そうしてる間に火にかけて置いたコンソメスープがクツクツと丁度よく沸騰する。
コンソメスープには蒼李の好きなウィンナーと玉ねぎに加えて蒼李の大っ嫌いな人参を入れてある。
人参はみじん切りにして食べやすいようにしたがこの絶妙な火加減でちゃんと甘みが出ているかが肝心だ。
スプーンでそっとすくって口に運ぶと、あっあつだがちゃんと甘みがじわっと広がった。
完璧。
蒼李はかなりの野菜嫌い。
毎日の食事で野菜の好き嫌いが目立って、悩んだ末に赤ちゃん向けの本を沢山呼んでたどり着いたのがこの戦法だ。
実際少しだけ食べてくれるようになったからこの効果は絶大だ。
木製のダイニングテーブルに次々と料理を並べておると、ほっかほかになった蒼李がタオルを首にかけて戻ってきた。
「さっぱりした?…ってあれ?そんな服あったっけ?」
そんな蒼李を真っ黒でもっこもこ生地の服が包んでいた。
「なんかわかんないけど今日、冴木に貰った。」
「ふふっ。良かったじゃん、似合ってる。後で奏叶君にお礼言わないとね」
よくよく見るとフードには耳がついてて腰あたりには丸いしっぽが着いていた。
多分くまのモチーフなんだろう。可愛い割には黒という色でどこかクールに見えるそのパジャマは、蒼李の雰囲気にもとっても似合っていた。
「うん…ありがと。椎名さん、お水、、ちょーだい」
「あっはは、ゆでダコみたいになってる。冷蔵庫にりんごジュースあるから飲みな」
顔をピンクに染めて尚且つクマのもこもこ。
「これを奏叶君が見たらどうなることか」
「…?なぁに?」
「ううん、なんでもない。ご飯食べよっか」
そう言ってパスタの乗ったお皿をセッティングし終わって席に着くと、それを見た蒼李もタタタッと駆け寄って僕の対面へと座った。
「「いただきます」」
「おいし?」
フォークを手に取ってパスタにがっつき、食べることにただひたすらに集中している蒼李に尋ねる。
「うん、たまに食べたくなっちゃうんだ、この味」
「確かに、和食派なのにこればっかりはよくリピートしてくれるよね」
「なんでかはわかんないけど、椎名さんのご飯の中で1番好き。これ食べるとね、心でムカムカしてるもの全部飛んでくんだ」
「ムカムカ?」
「うん…最近さ、悪い夢ばっか見たり、全然体調よくなんなかったり、仕事の失敗もして、何かあるごとにムカムカするんだ。さっき、椎名さんが帰ってくるまでうたた寝したときも、怖い夢、みて」
そう言って蒼李は食べる手をぴたっと止めて、下を向いて考え込んでしまうような体勢に入った。
蒼李の言うムカムカとはきっとストレスの事だろう。
体が弱いせいもあって過度なストレスは蒼李にとって1番の脅威だ。右も左も分からない頃から見てきたんだ。蒼李が何を考えてストレスを貯めちゃったりしてるかなんて一目瞭然。
だからといってこうすればいいよ、と教えるわけにはいかない。もう小さな子供じゃないんだ、小さなヒントを与えて、そこから自分なりに考えさせなければならないのだ。
「怖い夢を見ちゃったりするのは、きっとそのムカムカのせいだね」
「で、でもね、怖い夢…の中にいつもね、出てくる人がいるんだけど、、その人、僕のこと、知ってるみたいで」
「そっかそっか、余計怖くなっちゃうね」
同じ人…?
夢…?
先日、蒼李が倒れた時に奏叶君から聞いていた話とどこか被る。僕は店の方を落ち着かせていたから内容はよく分からないが、夢を思い出せなくて蒼李が錯乱したと聞いている。
今まで、そんなことなど1度もなかった。
きっと、日常生活での無意識のうちに溜まったストレスが夢として具現化されて、さらにストレスを貯めてしまっているのだろう。
「どうすればいい、のかな」
案の定、蒼李は僕に考えることを預けてきた。
「夢はストレスから来るものだよ、きっと」
「…ストレス?なに…それ」
おずおずと蒼李は目線を合わせてきた。
体が19と言っても生まれてきてからの記憶を無くしてしまっている蒼李はコミュニケーションは出来るようだが、知識や経験としては小学生に等しい。
「そっかそっか、"ストレス"は初めてだね」
「ん〜、いやだなぁとか疲れたなぁとか蒼李は思ったことある?」
「…ある、。夢見たあと、とか忙しい時とか」
「そうそう。そのヤな気持ちをストレスって言ってね、心を疲れさせちゃうんだ」
「そ、、なんだ…じゃあ、俺、どうすればいい…?」
「簡単、"今を見ること"」
2言でサラッと言うと蒼李は疑問だらけの顔でこちらを見てきた。首をこてん、と傾げて怯えた顔が綻んで、かなり可愛い顔に戻ったのだが、その可愛さに負けて助言を続けても蒼李のためにはならない。
ぐっと気持ちを押し殺して蒼李に優しく微笑みかけた。
「失敗したことは過去のこと。過去ばかり見つめていたら、前に進めないだろう?逆に、焦りと不安で失敗が増えるだけ」
「あ、じゃあ、ストレスが増える?てこと?」
「そうそう。よく出来ました」
「ストレス、持たないようにするには、その失敗からどう改善すればいい未来に繋げていけるか考えれば、今も見えてくる、かな」
やっぱりこの子は頭がいい。
新しい知識を次々と吸収して、自分のものへと変えていく。
そして、過去の話を持ち出しただけで、今やるべき事を見つけるために未来までもを視野に入れてしまった。
「さすがだね、蒼李」
「…うん、ありがとう椎名さん。なんか、わかった気がする」
「ふふ、僕は何にもしてないよ。蒼李が成長したおかげ」
微笑みながら蒼李の頭を優しく撫でる。
「な、くすぐったい!」
「嬉しいんだも〜ん。あんな小さな蒼李がこんなに大きくなってさぁ」
久しぶりの親バカが出てしまった、と思いながらも猫っ毛の髪を撫でる手は止められない。
「親バカ!!」
「ふはっ、ごめんごめん」
本人は気づいてないんだろうなぁ。
耳を真っ赤にして顔まで赤く染ってるなんて。
昔、光の指すことなんて無いと思われた深い藍の瞳は今じゃすっかり輝いている。
「ほんと、成長したね」
ふと蒼李のスープ皿を見ると、綺麗な色の人参はもう無くなっていた。
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