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雨の日
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2.
『鷲見崎と一緒に野球がしたい』
落ち込んだオレに、宮本が言ってくれたことを思い出す。オレはあんな風に、誰かに手を差し伸べてやれなかった。だから愛想を尽かされたのだろう。本当は心のどこかで、誰も欠けずに野球がしたいと思っていたのに。人間、切羽詰まると余裕がなくなるんだよな。
だから当然、あんな風に言ってくれた人も初めてだった。今でも思い出すと、心に何かが湧き上がってきて、オレにやる気を生み出してくれる。オレが腐らずに二軍まで戻れたのは、宮本のあの言葉があったからだと思う。
だけど未だに、実力差は明白だ。宮本は何故かオレに懐いているから、そう言ってくれたのだろう。
懐いている…?懐いているっていうか…。
『オレ、言ったよな?お前のこと好きだって』
同じ日に、宮本がそう言ってすねてたっけ。可愛いとか、好きとか、男相手に言う言葉でも思う事でもない。ましてや相手は高校野球界で名の知れ渡る強打者。モテるし、無駄にカッコイイし、女好きなのは中学時代から有名だ。学校に何度か綺麗な子が宮本を見に来てた事もある。迷惑と言いながら、オレに自慢だってしてくる。なんてヤツだ。
それなのに、オレに付き合って遅くまでグラウンドにいたり、気落ちしてる時に慰めてくれたり、二軍に戻れた時には褒めてくれた。そんな宮本に、正直オレは精神的に助けられている。ちょっと、仲良くなりすぎたな。
困ったことに、オレは今まで一人でひたすら努力することを自分に課せていて、脇目も振らず練習ばかりしていた。だから、友達らしい友達がいたこともなければ、彼女がいたこともない。宮本とどういう距離感でいたらいいのか、いつもよく分からなくなる。
――そもそも友達ってなに?ちょっと調べてみよう。
そう思って、ロッカーからカバンを出してスマホを手にした時、部室のドアがまた開いた。噂をすれば。
「ん?あれ、鷲見崎!?何してんの?」
パッと表情を明るくして、宮本がオレの名前を呼ぶ。その後ろから、一軍2年の花田先輩もやってきた。
「はい、嘘ー。宮本、練習に戻るぞ」
「ゲッ!バレたし!鷲見崎のせいで!!」
「鷲見崎のせいにすんな。練習サボろうとする宮本が悪い」
「あ…えーっと…」
なんとなく察するところ、具合が悪いから練習抜けて帰りたいと言いだした宮本を、花田先輩が監視役で付き添ったという事だろう。宮本のサボり癖は折り紙付きだ。それでオレを見た宮本があまりに元気そうだから、嘘を見破られたと。でも、決定打は宮本の「バレたし」だろうな。バカだなぁ、宮本。
そんな事をオレが暢気に考えている向こうで、宮本と花田先輩が「お願いします!」「ダメ」を繰り返している。前々から思ってたけど、仲良いよな、この2人。ノリが似てるというか、兄弟みたいだ。しょっちゅう一緒にいるところ見かけるし。
「あー…鷲見崎ー…」
諦めがついてきたのか、それともまだ食い下がりたいのか、宮本がオレに助け舟を求めてきた。だけど残念。心の底から今日は変わってやりたいけど、そうもいかないだろう。オレは苦笑いを浮かべた。
「頑張れ、宮本」
「良かったな宮本。これで5時間は頑張れるだろ」
「花田先輩の鬼!!」
「不破先輩の説教の餌食になりたくなければ、俺の言う事を聞いた方が身のためだぞ」
「うぐっ」
そう言われ、宮本は花田先輩に腕を引かれ、引きづられるように連れて行かれる。それでも入り口で、宮本が再び抵抗を始めた。
「分かりました分かりましたから!ちょっとだけいいですか?親に連絡取りたいので!」
「またお前は…懲りないな」
「すぐ出てきますって!5分だけ、電話いいっすか?」
「10分以内にグラウンドに戻ってこなかったら千円な」
「ペナルティーきつー」
花田先輩はニヤリと少し楽しそうに笑って、オレに「お疲れ」と手を振って部室を後にした。今の笑い方とか、完全に宮本と一致だな。八重歯があるかないかくらいで。
「お前さ、あんまり一軍の先輩に心配かけんなよ」
持っていたスマホをカバンに片付けて、不意にそう言うと、宮本の赤茶色の髪の毛が目の前に流れてきた。気づいて顔を上げると、宮本の顔がすぐ傍にあった。
「はっ!?」
急な どアップに驚いて、つい声が出る。
「どっちが?なんかあったろ、鷲見崎」
「べ、別に何もないけど」
「ふーん…」
何を見て、思って宮本はそう思ったんだ?
目をそらすオレに、宮本は疑いの眼差しを向けてくる。さっきまで宮本のことを考えていたこともあって、ばつが悪い。変な汗がじんわり出てきた。
「ま、いいや。また後でな」
「え…?」
オレの戸惑いには何も返事をせず、宮本はすぐに部室を出ていった。
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