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2.
朝練後。教室に入って鷲見崎の席を見ると、鷲見崎がボンヤリと空を眺めていた。真上へと向かい始める太陽に照らされて、少し日焼けた色白の肌が光っているように見える。今日もオレの鷲見崎は可愛い。だけどその表情は、今日一番の注目であるはずの、レギュラー発表のことなんて考えていないように思えた。心ここにあらず、とはこのことか。どうも様子がおかしい。
声をかけようと思って近づくと、先にオレの存在に気づいて、鷲見崎が振り返った。ほんのりと笑うけど、その表情にはうっすら影がある。覇気がない。
「どした?」
何を考えているか検討もつかないオレは、正直に問う。すると鷲見崎が苦笑いを浮かべた。
「実は、少し前から母親の体調があんまり良くなくてさ」
「え、そうだっけ?」
何度も鷲見崎の家には遊びに行っているし、鷲見崎の母親とは面識がある。だけど、そんな姿は見た事がない。もしかして、無理してたってことか…?
「病院にも行ってるし、病気じゃないから大丈夫って言うんだけど…なのに、ついさっき…夜に話したいことがあるって連絡がきて」
「なにそれ、怖っ」
「やっぱり悪い病気が見つかった…とかだったら嫌だなって、そう思ってた」
ふっと、朝に花田先輩が言っていた「癌」という言葉が頭を過ぎる。オレはかぶりを振って、その思考を払った。
不安そうに俯く鷲見崎。今すぐ抱きしめてやりたいのに、ここじゃそうはいかない。こういう時って、どんな言葉をかけてやるのが正しいんだろう。いい加減なことは言えないし、鷲見崎のこと傷つけたくないし…悩む。
オレは鷲見崎の前の席に腰を下ろして、目線を合わせた。少し潤いを含んだ瞳がオレを見た、と思ったら逸らされる。
「ヤバい。宮本、どっか行って」
「ええっ!ショック!」
「お前の顔見てると、泣きそう」
そう言って、鷲見崎が机に伏せた。オレは周りを見渡してから、鷲見崎の頭を軽く数回叩く。だけどそれは、いつものように払って拒否された。さすが鷲見崎。こういう時でもぶれない。
「…今日、地方大会のレギュラー発表の日だぞ。ほら、二軍も何人か入るっていう」
「ああ…そっか…」
「母ちゃんのことは聞いてみなきゃ分からねんだから、気をしっかり持てな。辛かったら、オレに話せよ」
「…ん、ありがと」
これ以上の刺激は、本当に泣きかねない。オレはそう思って、自分の席につくために立ち上がった。
学校じゃなけりゃ、泣きわめいて全部吐きだすまで放さないのに。残念すぎる。
・・・・・
放課後。一軍用のグラウンドに、野球部員総勢70人近くが集まっている。そこへキャプテンと監督、双葉副キャプテンがやってきて、前に3人が並ぶ。少しザワついていた野球部員たちは静まり、キャプテンに注目した。
「来たる地方大会初戦のスタメン、並びに今大会のレギュラーを発表する。先に伝えておくが、俺がこの日、諸事情で出場出来なくなった。よって、代わりを双葉副キャプテンに頼んでいる。今回の発表も双葉からしてもらう」
「呼ばれた者は返事をし、前に」
キャプテンの言葉で再びザワつきかけた部員たちを、双葉先輩がそう前置きをし、鎮めた。双葉先輩は緊張しているのか、少し大げさに息を吸い込んだ。
「1番セカンド阿久津」
「…は?」
意気込んで発表するも、早速つまづく。思わぬ反応の阿久津先輩のせいだ。
「あっくんレギュラー?しかも1番とか、やば」
「呼ばれてるよ!あっくん!」
周りから促され、一歩前に出る阿久津先輩。だけど全然嬉しそうじゃない。なんなら監督のこと睨んでないか?監督、気づいた上で無視してるな。なにこの人、おもしろ。
「返事して前に出ろ」
「…はい」
キャプテンに言われ、しぶしぶ前に出てくる阿久津先輩。監督から「試合までにその頭をどうにかしてこい」と言われている。それを無視して監督に背を向け、嫌そうに眉間にシワを寄せて口端を下げた。二軍2年の先輩たちがそんな阿久津先輩を見て、楽しそうに笑っている。
前から感じてはいたが、一軍とは全然雰囲気が違う。キャプテン曰く一軍より真面目な連中が多いらしいけど…あんまりそうは見えないな。でも一軍より仲がいい、というか連携がとれているイメージはある。一軍は各自個人プレー気味だし。まぁそれは一人一人のレベルが高いから、出来ることなんだけど。
「2番センター花田」
「はーい」
阿久津先輩が隠す素振りもなく「うげっ」と嫌そうな声をあげる。花田先輩は阿久津先輩の隣に立ち、嬉しそう、かつ少し意地悪な顔をして「よろしく」と笑いかけている。この場面だけで、この2人の関係性が垣間見えた気がする。
「3番ピッチャー瀬野尾」
「はい」
颯爽と出てくる瀬野尾先輩を見て、二軍から拍手と歓声が沸き起こる。二軍からの信頼感は絶大。加えてこの顔。しかも二軍で3番って、どういう事だよ。たしかに少し前にあった三軍下克上試合で、この人の実力は一軍と紙一重だとは思ったけど。二軍じゃピッチャーもして4番バッターだった。認めているわけじゃねぇけど、運動神経の良さは評価に値する。
そんな中、奥の方で鷲見崎が瀬野尾先輩の姿を目で追っているのを、オレは見逃さなかった。教室では少し暗かったけど、前に並ぶ瀬野尾先輩を見て柔らかく微笑んでいる。瀬野尾先輩も目ざとく気づいて、鷲見崎に手を上げた。そういうとこだから、オレが心配してんのは。
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