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「ユキくん。なんだか最近元気が無いね」
「そうでしょうか」
セックスの後、汗ばんだ身体を椎葉さんがそっと抱き寄せてくれた。何度もこうして抱き合ったおかげで、俺たちの体は丁度いい位置でぴったりと収まる。彼の腕の中はいつも、酷く穏やかだった。
「悩みでもあるの?」
「悩みが無い人間に見えますか?」
「ははっ」
こんな環境にいて、悩みが一つも無い人間がいたらそれはそれで異常だと思う。きっとその人には耳元で常にあの軋む音が聞こえているはずだ。
「最近、何か思い詰めることでもあった?」
「それ、意味同じですから…」
相変わらずマイペースというか、椎葉さんのペースは掴みにくい。何を考えているのかわからない人だと今でも思う。しかし、初めて会った時に俺がペラペラとしゃべってしまったように、彼には不思議と口を開かせる雰囲気がある。
「バランスが、崩れてきてるんです」
「え?」
「今まで安定していたのに、今はとっても不安定で…俺、どうしたらいいのかわかんなくて…」
椎葉さんの空気に乗せられて、俺はまたぽつりぽつりと口を開いてしまっていた。
「いつも笑っていた人が、突然変わってしまうのが怖いんです」
あの日の光を思い出すと今でも得体の知れない恐怖を感じる。
こんな風にいつまでも覚えているのはきっと、穏やかだった人が歪みを見せる瞬間を初めて間近で見たからかもしれない。
「それがその人の本性だったのかもしれないよ?」
「そんな…」
「いつも笑っていたのは、内側を隠すためだったのかもしれない」
人には、必ず別の顔がある。そう言った椎葉さんの笑い方がとっても怪しくて、少しだけぞくりとした。
「誰でもね、隠している自分ってあるんだよ」
「…椎葉さんにもですか?」
「私?どうだろうね」
「ごまかした…」
クスクスと笑い合うような雰囲気ではないのに、椎葉さんは楽しそうに笑い声を滲ませた。そして抱き寄せた俺の体を優しく撫でながら、彼は俺の思考が追いつく前に言葉を続ける。
「本当の私のこと、知りたい?」
「え?」
「ユキくんが望むなら教えてあげる」
「俺が、望むなら…?」
その言葉に、これ以上椎葉さんの内側に踏み込むのは危険だと本能が感じ取った。
「俺が望むならってどういうことですか」
「ん、望まなければ関係は変わらない。もしユキくんが私のことを知りたいと望めば、きっと関係は変わるだろう」
どうする?と微笑みながら首をかしげる椎葉さん。不意打ちのその子供のような仕草に見惚れていると、ぼんやりした心をキツく締め直すような言葉が降ってきた。
「案外、普段にこにこしている人が一番悪い人かもしれないけどね」
優しい笑顔と空気。
じわじわと俺の心を溶かしていくこの人は、もしかしたら悪魔なのかもしれない。
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