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ラムネ雪19
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「そういえば、演奏会って順番とか決まってるものなの?」
「どうして?」
歩き出して雪がナツキに質問をした。
その意図がわからずにナツキはその先を聞く。
「良し悪しは、正直わからなかったけど、なっちゃんと最後から2番目の女性だけ最後まで聞くことができたから…」
何かが違った。
それだけは分かった。それが何かは分からなかった。
何か特別な能力が2人にあったんだろうか。
それとも偶々2人の演奏の順番だけが重なっただけなのだろうか。
演奏する曲の雰囲気で決められているという可能性もあるか。
どういう意図でコンサートの順番は決められているのか不思議だった。
「ああ…今日の場合は上手い人順」
「え?」
ナツキは続けた。
「簡単にいうとね。今日の場合は、下に行けば下に行くほど上手くなってくっていうプログラムだったんだよ」
え?
って事は?
つまり??
雪は、ナツキを見上げた。
ナツキの横顔は、先ほどの蕩けたような表情ではなく、明らかに1人のピアニストがそこにいた。
ナツキは、プログラムで一番最後に演奏していた。
…というのは、雪の記憶違いで、本当は別人だったのだろうか。
その錯覚にさえ陥るほど、隣で話し出すナツキは雰囲気も表情も違って見えた。
「…本当に?」
驚き、思わず確認してしまった雪をナツキは見る。
「意外だった?」
いや、というか…
…そうだったのか。
別にナツキの演奏が下手だったと思っているわけではない。
過去、雪はナツキの演奏を聞いたことがないから、比較するものもないし、ピアノの演奏自体聴き慣れないから、良し悪しは本当にわからない。
ただ、ナツキと最後から2番目の女性の演奏だけは何か違う印象だった。
何が違うのかを具体的に口では説明できないのでなんとも表現のしようがない。
「僕の前に演奏した女の子ね…渡部さんっていうんだけど、上手いよね」
雪は、ナツキの言葉に頷くでもなく、ただ黙って聞いていた。
「ホールっていうのは、防音室とか練習室は全然違うんだよ。音を響かせないといけないの。…それを理解できてる人とできてない人。ホール慣れしてる人と、してない人がいたんだよね。どんなに技術があっても、表現力があっても、聞いてて音が遠く聞こえたりする。今日の演奏会は特に優劣がはっきりとわかりやすかったよね」
「へぇ」
なるほど。
そうだったのか…
雪は感心する。
確かに、各大学の首席の卒業生が一堂に会していたのであれば、条件はある程度揃っていたように思う。
プロの演奏家としての経験の浅い者たちが集められ、将来を期待されて顔を売るために集められた舞台では、お金を払ってプロのピアノの演奏会を聞きに行くよりも差異がわかりやすかったんじゃないだろうか。
「3番目の人も、惜しかったんだよね…椅子の高さを調節し忘れて、本当は上手い人なのに全然本領が発揮できてなくて。調節してやり直したら、良かったのにね」
饒舌なナツキの言葉を雪は黙って聞いてた。
先ほどの熱烈な甘さを含んでいるような声色ではない。かといって、誰かを非難するような嫌な批評をするわけではない。1人の演奏家としての素直な意見だった。
ただ鍵盤を叩くだけと素人は思うかもしれない。
力加減1つ、何か感情や条件が違えば、音に影響する。
そんな辛辣な駆け引きが大衆の面前で行われていたのだ。
限られた時間の中で自分を精一杯表現していた多くの若者の演奏を聞き逃した雪は自分自身を戒める。だが、本能的に争えなかったのも事実。
「渡部さんは、留学して演奏してたこともあったし、海外のホール経験があるから音の響き方がやっぱり違ったよね。あと音の切り方が、とっても上手い」
そうだったのかと、雪は感心した。
じゃあ、ナツキの演奏は?
と、本人に本人の演奏会の批評を聞く事はできない。
悔なく演奏できた事は、目に見えて分かったから、あえて聞くこともないような気がした。
雪は、その違いを理解できない自分も、口で説明できない自分も、残念でならない。
「…そう」
「どうかしたの?」
急に考え込んでしまった雪をナツキが見つめる。
「いや… もっと、ちゃんと聞き分けられるようにならないとなぁって」
ナツキは、雪に無明な自分を次々に教えてくれるような気がした。
「ふーん」
ナツキは否定も肯定もしなかった。
何か決意のようなものを滲ませた男らしい顔つきの雪の横顔をじっと見つめていた。
「ナツキの演奏をちゃんと聴けるようにならないと、もったいないだろ?」
雪は顔をあげた。
「…そうかな?」
「そうだろ」
授業で学校の先生が弾いてくれる伴奏と、ステージでナツキの演奏が同じなわけがない。
その違いもわからずに、ナツキの演奏を聴き続けるのは失礼な気がした。
2人は視線を合わせる。
「僕はどっちでも別にいいけど」
ナツキは穏やかに微笑む。
雪が聞きにきてくれるというだけで、ナツキは他はどうでも良いと思った。
ただ、雪が詳しくなろうとしてくれることを止めるような事はしない。
「ゆきちゃんが、上手だったって言ってくれるなら」
そりゃあ、プログラムの一番最後に名前が乗るくらいだから、今日の演奏者の中でナツキが一番なのだろう。
「上手だったけど…」
ヨレヨレになるほど読んだフライヤーにも数々の賞や、海外でのコンサートの出演情報などが載っていた。それが評価され、プログラムの一番下を任されたと思う。
雪が単純に『上手だった』というのも烏滸がましい。
もっと他に感想を表現できるよう言葉がないだろうか。頭の中にある言語力の引き出しをこれでもかというくらい開けるものの、どれも見当違いになってしまう。
無理に表現しようとすると、安っぽい稚拙な言葉になってしまい、返って馬鹿にしているのかと勘違いされかねない。
今日は無理矢理、ナツキの演奏について何かを伝える事はやめにした。
「それで良いよ」
ナツキは、嬉しそうだった。
「ご褒美に、ゆきちゃんの連絡先も教えてもらえたし」
そんなもん、ご褒美でもなんでもないじゃないかと、雪は思う。
先ほどまで、哀感を含んでいた瞳や声はない。
穏やかに優しい声色のナツキは本当に幸せそうだった。
「なっちゃ…」
ふと、雪は我に返る。
「??」
イケメンという付加価値と、その上ピアノの演奏が、とてつもなく上手いというオプションまでつくナツキを見る。
そんなスーパーな人間に、好意を寄せられていることに雪は気づいてしまった。
…どうしよう。
自分には、もったいないんじゃないだろうか…??
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