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「乾杯。」
犯人と交わすお酒は、味がしなかった。
ただ炭酸が喉を刺激するだけで、いつもならその苦いビール特有の味も、鼻に抜けるホップの香りもわからない。
緊張で震えないようにすることが、精一杯だった。
「あのさ、付き合ってるよね。」
「え?!」
いきなりの斬り込みに、心臓がバクンと強く鼓動を打った。
「・・・今日、偶然。」
ごくりと唾をのんだ。
「今日、偶然、バッティングセンターに遊びに行ったんだ。」
怖くて、富永さんの握った缶を見つめた。
やっぱり、見てたんだ。
やっぱり、GPS使って付いてきてたんだ。
「・・・ひとりで?」
「甲斐くん、キツイね。その質問する?」
する。
他に仲間がいたら、アウトだ。
おれを捕獲するために、このアパートを囲んでいるかもしれない。
「彼女と別れたっつったろ。ひとりで行ったに決まってるじゃん。」
ドキドキする心臓がうるさい。
鼓膜を揺らして、富永さんの声が聞こえ辛い。
対して、自分の声は体の中で反響して大きく聞こえた。
「そ、ですか。」
「そしたらさ、甲斐くんが卓球で勝負してた。」
ついさっきの事。
松島さんと、人生をかけて戦っていた。
「・・・好きな子、出来たって言ったじゃん。」
「はい。」
きた。
好きな子の話。
そっとズボンの右ポケットに指先を入れた。
「その子、好きな人がいるらしくてさ。」
おれの話、聞いてたんだ。
松島さんに、宣言したんだ。
『おれには、好きな人がいます。その人と一生一緒にいたいと思っています。』
山野さんじゃなきゃ、ダメなんだ。
山野さんと、ずっとふたりで居たいんだ。
『その人が笑ってくれるだけで、すごく幸せで、その人と一緒に向かい合うだけで、日々の生活に光が見えてきます。』
だから、おれは富永さんの想いには応えられない。
「でも、諦めたくないって気持ちが大きくなって!!」
富永さんの握った缶が、パキリと音を立てた。
「・・・だから、うちに来たんですか?」
富永さんの思い詰めた目が、おれを射抜いた。
缶から離したその富永さんの右手は、ゆっくりとテーブルの端を掴んでいく。
このまま立ち上がって来る気だ!
おれは全身に力を込めた。
ポケットから取り出したそれを、拳の中で握り込んでいく。
「だって確かめたい!確かめたいんだ!」
ほんの少しだけ、戦えれば良い。
きっと山野さんは側にいるはずだから。
きっと助けに入ってきてくれるはずだから。
「教えてくれ!」
富永さんが立ち上がった。
おれを捕まえようと手を伸ばしてくる!
ダメ、ダメ!!
おれは、捕まらない!!
拳に隠したソレを振りかぶって投げた。
激昂した富永さんに向かって、放物線を描きながら落ちていく。
「教えてくれ!あのふたりは!」
え?
「付き合っているのか!!」
「・・・ええ?!」
待って、待って!
あのふたりって!?
ああッ!着弾しちゃう!!
「うわぁあああああ!!!!」
富永さんの叫び声と同時に、玄関の扉が開いた。
「甲斐くんッ!」
「山野さん!!」
・・・のたうちまわる富永さんを、山野さんは呆然と見つめた。
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