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居酒屋弥平太は、山野さんの高校時代の同級生が営む居酒屋だ。
同級生は、山田平太さん。奥さんの弥生さんの名前を合わせて、弥平太と屋号をつけたそうだ。
「へぇ、元気の良い店員さんだ。」
「そうですね。」
席に案内してくれたのは、たぶんその奥さんだと思う。
可愛らしい顔立ちの、元気いっぱいの奥さんだ。
「山野さんから伺ってますよ、今日はサービスしますね。」
「ありがとうございます。」
その山野さんは、案内された個室の隣に陣取っている。
襖の隙間から見えた状況は、着替えた寺田さんと、見知らぬ男性の3人でテーブルを囲んでいた。
「山野さんて、この前、ご自宅にいらした方ですか?」
弥生さんが付き出しを取りに消えた瞬間、奥に座った課長が笑顔で聞いた。
「はい。」
「休み明けなのに、今日は付き合ってもらって申し訳ない。」
「・・・いえ。」
相手は、GPSまで仕込む人だ。
気をつけないといけない。
「最初はビールでいい?」
「あ、いえ・・・。今日はこれにします。」
ソフトドリンクを指差すと、課長が申し訳ない顔をした。
「やっぱり体調が悪いんですね、無理をさせました。」
「あ、いえ。栄養つけたかったので、お誘い頂いて良かったです。」
弥生さんがおしぼりと付き出しを持ってきた。
「お決まりでしたら、ご注文お伺いします。」
「えっと、」
課長が先にいくつか頼んでくれた。
栄養をつけたいと言ったからか、お肉や野菜お魚のフルセットだ。
「甲斐さん、ほかに食べたいものは?」
「あ、えっと・・・だし巻き卵お願いします。」
弥生さんが去ると、沈黙が訪れた。
おれは何から話したらいいのか分からないし、課長の出方を見たかったこともある。
「・・・甲斐さんは、好きな人がいますか?」
課長のストレートな問いかけに、思わず息をのんだ。
どうする?
どう答える?!
「・・・います。」
そう言うと、課長は泣きそうな顔になった。
「付き合って、らっしゃるんでしょうか。」
どうしよう、怖い。
否定することが頭をよぎったけれど、正直に話すことにした。
「はい、お付き合いさせていただいています。」
目に見えて、課長は肩を落とした。
「はい、ビールとカルピスソーダです。」
元気いっぱいの弥生さんが眩しい・・・。
肩を落とした課長の前に、キンキンに冷えたジョッキを置いた。
「乾杯しましょう、今日もお疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
グラスを合わせると、課長は一気にジョッキをあおった。
そして、空になったジョッキを置くと、テーブルを乗り越えそうなくらいの前のめりで聞いた。
「甲斐さん、いつからですか!」
「ええ?!」
必死の形相に、おれはギュッとグラスを握った。
「はい、お待たせしました。イカの天ぷらと鳥軟骨の唐揚げ、シーザーサラダです。」
・・・弥生さん。
すごいタイミングです。
「・・・イカの天ぷらは注文していないと思いますが。」
毒気を抜かれた課長が、弥生さんに言った。
「サービスです。今日はたくさん食べてくださいね。」
キラッキラの笑顔で返してくれた。
「あらやだ、天つゆ忘れちゃった。持ってきますね。ビールのお代わりいかがでしょうか?」
「あ、すみません。お願いします。」
間違いない、この場は弥生さんの独壇場だ。
たぶん、この店で一番強いと思う。
おれはカルピスソーダのグラスを置いて、おしぼりに手のひらを擦り付けた。
弥生さんが戻ってくるまで、おれたちは黙って鳥軟骨を頬張った。
「お待たせしました!ビールと天つゆです。」
「ありがとうございます。」
多分、笑顔は作れたと思う。
「・・・甲斐さん、さっきの続きですが。」
「はい。」
悲しげな顔の課長は、おれに答えを要求した。
「一か月ほど前からです。」
「・・・一か月。」
課長は静かに俯いた。
「仲が良いですもんね。」
「どうして仲が良いとご存知なのですか?」
やっぱり、ずっと見てたんだ。
「それは分かります。・・・一目惚れだったんですから。」
「・・・。」
そんな事を言われても・・・。
「最初、笑顔が綺麗な人だと思いました。」
付き出しの枝豆に、水滴が落ちた。
「かわ、いくて、目が離せなかったんです。」
・・・どうしよう、泣いてる?!
驚きに、口を手で塞いだ。
課長、たぶん泣いてる。肩が震えているんだもん。
でも、掛ける言葉が見つからなかった。
「たぶん、そうだろうなって思っていました。」
課長がおしぼりを握りしめて、ポロッと落とした。
「でも、・・・諦めたくは無いんです。まだ、振られた訳じゃ無い。」
男の人の涙なんて、初めて見た。
でも諦めてもらわないと、困る。
「あ、諦めてください。おれの気持ちは変わりません。」
「・・・甲斐さんの気持ちは、分かります。」
顔を上げた課長の目は、真っ赤だった。
「上司が部下に横恋慕なんて、恥ずかしい事だと思います。逆におめでとうと祝福してあげないといけない!」
でも。
「はい、牛ステーキお持ちしました。」
「・・・。」
ヒートアップした課長の前に、じゅうじゅうと音を立てる鉄板が置かれた。
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