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いわゆる性交後憂鬱
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どうも痛みが走ると思ったら、右の肩に歯形がついていた。
顎を強く引いて、視界の端に見えた発赤と、指の感触でわかる。
情事の最中についたものだ、あの人との。
情らしい情など介在したのかどうか、甚だ疑問ではあるが。あったにしても、きっとそれはうまく噛み合わなかったに違いない。
愚かだが人の好い彼のこと、要らぬ気遣いで遠慮がちに噛んだのだろう。
小さく噛んだら余計に痛いと分からないものか。
やっぱり、ばかだ。
中途半端な痛みがいっそ忌々しい。
痛いなら痛みの分だけ、思い切り噛めばいいのに。
当人は、傍らで横たわっている。
痩せた背には、歯形どころか、無数の傷や、むらさきの痣がいくつか。
腹や手足にはもっと。
朝な夕な、僕が刻みつける戒めの痕。
この世において彼を痛めつけていいのは僕だけだと、誇示するための。
「戒め」の最中に自分の中の箍が外れて、こういうことになった。
ふいに、この人の何もかもを蹂躙したくなったのだ。
手や足では足りぬ。
もっと残酷に、取り返しのつかぬほどに、壊してみたくなったのだ。
なんで、どうしてと、泣き言を吐かす彼を強引に組み敷いて、それから。
それから、もう半刻は過ぎた頃か。
激情が冷めるのにつれ、何故この人を抱いたりしたのか、ますます分からなくなった。穏やかに上下する体を見て、僕はひとごろしの罪を負わなくて済んだことにほっとした。
それにともない、肌に残る擦れた感触と、僅かな快楽の残り香が、だんだんと嫌悪にすり変わる。
普通こういうものは、犯されたものが感じるのだろうが、僕は今すぐ禊をしてしまいたく思った。
毒虫に這い寄られるかの如きおぞましさ。
不快な微熱がそれを更に助長しているかのようだ。
そもそもこんなことで彼を壊そうなどと、どうして思ったのか。
男に、それも自分より身分も低く才もない、つまらぬ門人に、抱かれて狂わされて、そうすれば、あるいはと。
馬鹿は、僕の方か。
僕の視線に気付いたか、彼が振り返った。
「あぁ、起きてた……?」
何せ飽くほど痛みと快楽を与えてやったので、涙と嗚咽で喉が腫れているようだった。しんとした部屋であるにもかかわらず、声がかすれて聞き取りにくい。
抱かれた余韻が残っているのか、彼はかすかに眉根を寄せ、瞳を潤ませていた。
欲望を鎮めた今となっては、初老の男の涙など、見るのも不快だ。しかし視線を逸らすのも億劫で、そのまま見るともなしに見つめた。
しばらくそうしていると何を思ったか、彼は捨て置かれた襦袢に手を伸ばし、纏った。
それから僕の名を呼び、膝と両手で這うようにしながら、体に縋った。
鬱陶しい。
腕を無造作に振るい、女のように擦り寄ってくる彼を無碍にあしらった。
当然のことながら、彼の顔はひきつった。
若干、笑顔にも見える。いつもの屈託のないそれとは違うものだが。
「は……?」
訳も分からず肩に触れようとする彼に苛立ち、ついに言い放った。
「僕に触らないでください」
苛立ちに任せて嫌悪感も振り払ってしまいたかった。
「……なに、それ。本気? 君が最初に……」
「あまり思い出させないでください」
「ってことは後悔してるの? どうして」
尚も追い縋ろうとする彼を、平手で打ち据えた。
火の粉が爆ぜたような音が飛んだ。
今度こそ、彼は泣いた。
了
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