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悪魔の純愛
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気が付いた時には、観測対象の一軒家を見上げる位置にまで来ていた。住宅街であるのだが、人通りは無く、世界の動向すらKが己の都合の良いように支配しているかの感覚に陥った。
Kにとっての愛おしい存在を内包したその家に近付いてみるとその魅力はますます輝いていた。宝石がキラキラと光っているのは光を反射させているからであって、朝露の滴が綺麗なのは哀しみの涙を浄化させているからであって、美しい人というのはその内面が大きく影響しているのであって、愛おしい人が住まう家はそれだけで他の何にも代えがたい存在なのだ。
一般的な外塀は立っているのだが、現代日本に於いて武力行使で攻め入る者は少ないので、その点のセキュリティは甘く、容易く敷地内へ侵入することができた。石畳の階段を数段登り、芝生の上を歩き、踏み込めそうな箇所を、目を皿にして探した。
監視カメラも、防犯の為の砂利も、人感センサー機能のついた街灯もなく、平和を具現化した建物であった。その均衡は今、Kの手によって崩されようとされていた。
通常、家の上下運動は内部へ侵入し、階段を登ることでそれが可能になるのだが、この度はそれが外に剥き出しになっているのであるから、ますますその行動が容易くなっていた。
ギシギシと鉄板が擦れる音がするが、一つずつ確実に登ってさえいけば気が付かれることはないだろう。
Kの頭にはあのベランダに出ていた彼を近くで眺めたいという希望だけが蠢いていた。相手から来ないのであれば、こちらから出向けばその願いは叶うのだ。知性と行動力さえあればランプの魔神もお金も必要ない。道徳と倫理さえ捨ててしまえば大抵のことは実現可能だ。
一階部分は生活空間であろうから、きっと彼が住まうのは二階だろうと当てをつけたのが良かったのか、一枚の窓が空いていたのだった。まるでどうぞお入り下さいと言わんばかりの体裁だった。
誘いを断れば角を立てかねなく、それに従順にしていた方が無難であろうことから、Kはその誂えられた窓から招かれることとした。その部屋に電気は付いてはおらず、衣装部屋のようで、今シーズンに活躍しているだろう服飾と次のシーズンを待ち構えている洋服で溢れていた。それも女性用ばかりであって、この屋敷に住まう彼には姉妹がいたのかと勘ぐった。それにしても女というものは着飾るのが好きなようだ。この調子でいくと、色とりどりの化粧品もドレッサーに並べられていることだろう。なんともまあ華やかなことで。
その時、どこからか会話をしている声が届いた。それは男女のようで、隣の部屋から響いていた。そっと壁に耳を押し当ててみると、詳しい内容までは聞き取れないのだが、なんとも穏やかに、会話を楽しんでいるのは聞き取れた。
物音と足音が続き、その者達が部屋から出るようだったので、するりと移動し、扉の隙間からそれを見届けることにした。気づかれないようにほんの少しだけ扉を静かに開けて、顔を左右に振りながら視野を広く持って、外の様子を伺った。
そこではベランダで見掛けた彼が、肌の透き通った美しい少女を見送っていた。烏の濡れ羽のようなしっとりとした髪束で瞳が隠れているのだが、小ぶりな鼻と薄い唇が、少女特有の色気を漂わせ、庇護欲と独占欲に掻き立てられる。その前髪を掻きあげて、両の瞳で自分を見つめて欲しい。最初は恐怖に肩を震わせていても良いだろう、時間の層を重ねていく内に自然と彼女の心は開き始め、いつしか微笑みを慈雨の如く振りかけてくれることになるだろう。ああ、なんて羨ましい。この時ばかりはKは少女に目が奪われていた。
きっとここの衣装部屋にはあの少女が、毎日足繁く通い、今日の気分という不確かな存在に合致する組み合わせを立てていることなのだろう。それにしてもその様相が彼女の趣味であるのならば、これほどに嬉しいことはないような姿なのだった。純白のベビードールはバストの下から多めの布がまるでフリルのように繊細になびいており、それと合わせたコットン生地のホットパンツと薄いニーソックスが造り出す絶対領域。きゅっと太ももに食い込んだゴムが少女の柔肌を教えてくれる。ホットパンツと同じ生地で作られた萌え袖と呼ばれるあえて袖の長いパーカーをふわりと肩に掛けこれから眠るには最適の姿なのであった。
「おやすみ、りでる」
「ええ、おやすみなさい、お兄様」
そっと彼女は小さくお辞儀をした。
――コンコン。
心臓が口から飛び出しそうになった。いや、もう飛び出して元の位置に戻ったのかも知れない。突然、目の前の扉がノックされ、その軽い力で、のぞき窓にしていた扉はしっかりと閉ざされた。
「どうしたんだい。りでるの衣装部屋に誰か居るのかい?」
「えと、この家ですれ違う可能性のある人として認識しているのは、先生と奥様とお兄様とメイドの『てこ』だけでございますので、異分子が居るような気が致しまして……」
「そうだったんだね。りでるは聡明だよ。しかしそれは思い違いや、勘違いや、記憶違いという分野のことだと思うよ」
「そうなのですか。お兄様がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょうね。これは私の思い違いで、勘違いで、記憶違いなのでございます」
「それでは、おやすみなさいませ。お兄様」
「ああ、素敵な夜を過ごしてね」
一つの軽い小さな足音は向かいの部屋へ入っていき、彼は元の部屋の扉をガチャリと閉めた。Kはまだ己の心臓の鼓動音を耳でしっかりと聞いていた。
意中の彼が隣の部屋にいることをしかと確認したことで、近くで眺めたいという希望が叶ったようでいて、それでいて不完全燃焼のようなはっきりと満足はしていない、悶々とした気持ちであった。一つ願いが叶えば、更にその先も願ってしまう。どこかで歯止めを掛けるか、諦めるか、ほどほどの充足を受け止めるかしなければ、欲望というのは雪だるまの可愛らしい表層とは裏腹に、腹の内にたっぷりと野心を抱え込んでいくのだった。
――もっと彼を知りたい。
Kは己の探究心によって、彼に対する情熱が再びたきつけられた。ここまで積み上げてきた功績を足蹴にすることは考えられなかった。常識や天使の声を鑑みても、こんな奇蹟のミルフィーユを有耶無耶にすることは愚か者にやらせておけば良いのだ。Kは突き進むべく行動を考えた。
彼に近付く為にはあの妹の直感が危険そうだ。見目麗しいのは確かなのであるが、やはりKの野望にとっては厄介であった。とすれば、今すぐに行動に移すのは最善ではなく、今夜は一先ず時間を潰し、明日、情報を集めに行くとしよう。Kは季節外れの洋服が集められたクローゼットの中に身を隠した。
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