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悪魔の純愛
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あの食材の数の理由が判明した。このメイドは来客対応に於いては全くもって使い物にならない捨て駒のような能力の低さなのであるが、一方で料理の腕は一流だった。軽食があったら嬉しいのだがと伝えた所、どういう聞き違いなのだが、目の前にはコース料理が運ばれ続けた。オードブルが運ばれ、スープやパンを挟み、メインディッシュをいただき、デセールと食後のコーヒーで絞める。きっとこのメイドの為の食材とキッチンであって、彼女もその部分の仕事には生き生きと自信を持って取り組んでいるようだった。ここの女性は甘やかされているというよりはそれぞれの得意分野に対して注力されている、パトロンがその財を注ぎ込んでいるような感じがした。
「美味しかったよ。ごちそうさま」
最後にメイドに椅子をひいてもらい、予定通り二階へと案内された。もし、少女が指した先生とやらが男性の場合、Kが指す『彼』ではメイドが困惑してしまうのではないかと不安に思ったのだが、それは杞憂なようで、衣装部屋の隣へと無事に辿り着いた。ここには男性は彼しかいないのだろうか。
「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
メイドがコーヒーとクッキー数枚を部屋に準備し、一礼と共に部屋を後にした。クッキーとは言え、これも手製のものであろう、仄かに温かさがあった。
ようやく意中の彼の近くへと来ることが出来た。そこはごく普通の部屋であって、書き物机と椅子が一対、本棚にベッド、こぢんまりとした衣装ケースしかなかったのだが、そのどれにも彼の目が光っているようで決して古くさくは無く、とは言えアンティークのような重厚さも持たずに、そして最新技術ではないのだが、機能性を重視している家具に囲まれている部屋だった。
昨夜の会話もここで行われていたのだ。どちらかが椅子に座り、どちらかがベッドに腰かけていたのだろうか。それとも二人ともがベッドに座って――もしかすると兄の膝の上かもしれない。それにしてもあんな可愛らしい少女と一つ屋根の下のそれも同じ部屋に居て、道理を踏み外さないでいる彼の精神の強さは一体どこから来る物なのだろうか。
その人を知るには本棚を眺めれば良いのであって、Kは言葉そのままに彼の蔵書を眺めた。そこには物語という名の創作物がぎゅっと詰め込まれていた。それも難しいものではなく、むしろ学校指定図書のラインナップに近いもので、ご丁寧に漢字にルビが振ってある。さすがにカタカナにルビは与えられていなかった。個人的には漢字に振りかけられた片仮名のルビには心躍るものがあるが、しかし目の前の書物達はもしかせずとも妹の為の読み聞かせの本と見て間違いないだろう。全く、どこまで妹想いなのだ、Kの愛おしい彼というのは。
人目に付く場所に置く物は大抵、体裁が整えられたものであって、Kにとっての目的はそうではなく、意中の彼が自ら好んでいる対象を知りたかったのだった。この時、Kは若い好奇心の具現化のようであった。
無粋だろうが、ここはまずベッドの下であろう。そこに秘められるジャンルは限られており、それを見ずに男は大人になれないのだ。興奮気味に勢いよくベッドの下を覗いたのだが、埃一つなく、掃除の行き届いたフローリングが広がっていた。ワックスもピカピカと反射している。きっとあのメイドの仕事ぶりなのだろう。料理以外は平均並みにそこそこできるようだ。目的の物の影すらない事に軽く落胆し、はたと思いついた。この部屋は限られた家具しかないのだから、収納機能がそれほど高い訳ではない。とすると、ローリング作戦を行ったとしても、目的の物を探すにはそう多くの時間を費やす必要もなく、それでいて彼を知りうる手がかりが他に見つかるかもしれない。Kは手当たり次第ではあったが、ひとつずつ引き出しを開けて物色を始めた。
あにはからんや引き出しからはノートばかりが次々に姿を現した。それらは授業で使用しているであろうものから、メモ帳代わりになってしまっているもの、途中で放り出したスケジュール、落書きを溜め込んだもの、ストック用の新品も十分に備えてあった。ただ、一つだけ妙なのが、日付と題名のようなものと数字だけが延々と綴られている記録のようなノートだけが五万と見つかったのだ。これだけは学校とは一切関係なく、彼が何らかの目的を持ってペンを走らせているに違いなかった。そこには読み手を意識した配慮が一切無く、この数字の羅列が一体何を記しているのかKにとっては、いや一般人にとってもさっぱり理解できる代物ではなかったからだ。その日付は順当に日々を重ねており、昨日の情報が最新のページに記されていた。
期待していたポエムや若人の悩みや幸福に溢れた青臭い日記などは夢幻のようにどこにも無かったのだった。
他には特筆すべきことのないようなありふれた小物ばかりで、Kはその徒労に嫌気がさし、ベッドに力任せに腰を下ろした。スプリングが利いて、力強く跳ね返された所を両足でふんばり、まるで遊具のようで、それはKの気持ちを多少なりとも和ませたのだった。
彼について知り得たことと言えば、妹が儚げな美少女であり、彼女を殊更大切にしているということ、料理人と呼ぶべきメイド付きの家に住んでいること、何らかの情報を数字に置き換えていること――以上。これらの真新しい情報だけでは彼に対して新たな視点を捉えることはできなさそうだった。
Kは、ぽふん、とベッドにつっぷしぼんやりと思考を巡らしていた。何か方向を間違えているような、その先で身動きが取れなくなってしまっているような、そんな気持ちであった。正攻法ではないにしろメイド様に案内されている以上、不法侵入者というレッテルはどこにも貼られてはいないのだから、その点に於いて道を踏み誤った訳ではないのだ。そうではなく、この手段では、この先を進めないというか、進む道が無いというか、切り拓いた先もないというか、そのような、ただぼんやりとした霧に周囲が覆われ始めたのだった。
一体、俺は何をしているのだろうか。三年間所属する部活を一つ決める時のような、就職試験を受験する先を選ぶ時のような、自分の中の軸がある筈なのに、それを見失ってしまい、一体自分の価値とは何なのかが解らなくなってしまった時の気分だった。『何を』しているのかと問われれば、愛おしい人を自らの純情を軸に追いかけているだけであり、巷に転がっている恋煩いと幾分の差もないのである。可愛らしい初恋を少しこじらせているだけなのだ。
言葉にするのが厄介になってきたので、Kは目を瞑り夢に落ちる瞬間の心地の良いまどろみに酔っていた。そして大切なことを思い出した。Kをここまで突き動かした衝動を。恋に落ちた瞬間を。それは刹那の出来事であって些事によって簡単に忘れ去られてしまうようなそんな小さな出来事だった。望遠鏡を空からこの家のベランダに移した時、Kは、彼の物思いにふけた表情に恋をしたのだった。その脆弱で危うい精神の一面に、簡単に壊れてしまいそうな繊細さを感じ取り、そこに加護を与えたかったのだった。
それだけで恋しい彼の全てを知っているようなものではないか。始まる前から始まっていたのだ。これ以上、過去を知り重ねていった所でKにとっての彼への愛情が増すことはないのだ。もう既に十分すぎる程に愛に溢れていた。いくら継ぎ足しても、恋や愛といった恋慕のような感情はビーカーからこぼれ落ちていくばかりなのだ。どうりで部屋を嗅ぎまわった時に空虚な心持がしたわけだ。
このベッドで彼は毎晩、整った寝息を立て、身体を休ませていることだろう。それにやはり年頃である。相応の性欲を持ち合わせ、この場であらぬ妄想を成り立たせ、絶頂を迎えるようなこともしているに違いない。なんて甘美なのだろうか。わずかながらに残った彼の残り香にそっと頬刷りしながらそんな、よしなしごとを考えている内にKの中心もむくむくと己を主張し始めていた。血液が身体の一点に集まっていく。
Kが想う理想は『抱きたい』と『抱かれたい』とではどちらなのだろうか。愛に満ちた交わりとはそのどちらでもあって、どちらでもなくて――つまり快楽を与え、その恩恵に自らも少しばかり心地よくなれるのであれば御の字というものなのかもしれない。それはなにも子孫繁栄を行う場にのみ適した運動ではなく、人と人が関係を結ぶ上での潤滑油の代わりなのだろう。とは言え、性急に迫っている時なんていうのは、にじりよる絶頂への期待に背中を押されているだけなのだけれども。
それにしても現在、Kが置かれている立場というものは、限りなく一人であって、相手が居ないということは自らを中心に事を進められるということで、チームワークの苦手なKにとっては得意なフィールドなのである。それも愛おしい彼に物質上囲まれた桃源郷に居るのだ。これほどに心安らぐ場所は他にあるのだろうか。
ベッドに備えられた抱き枕に顔を埋めると、彼の大きな愛に抱かれたようで、自然と羽ものびた。目を瞑ればそこに彼が居て、優しく髪を撫で、湿っぽいリップ音を高鳴らせてキスを振りかけてくれる。頬に、鼻先に、額にと徐徐に気持ちも高ぶってくる。
ぎゅっと強く抱きしめられ耳元で甘い声が囁いた。
「君がこんなにも愛おしいよ。僕を狂乱の愛の沼に沈める存在は君だけだ。――気恥ずかしいのだが、その背中を毎晩眺めていたんだ。何に打ち込んでいるのか僕にはわからないが、その姿が輝いており、魅力的だったことは確かさ。僕たちは知り得ることの無い関係だったにも関わらず、僕はこうして君を手に入れたいと願ってしまった。その罪に対する罰として一向に考えあぐねいてしまったのだよ。本当、君という人は高嶺の花だ。普遍の僕には到底手の届かない高みにいるのだから……」
耳殻を舌先でなぞるように舐められる。彼の熱い吐息が耳を熱し、理性をも痺れさせる。そのまま耳の際を這い、ふうっと息を吹きかけられた。その強い刺激に身体が反応してしまう。
「このまま進めていいよね」
小声で尋ねられるのも野暮な程、触って欲しい場所は熱を帯びて蠢いていた。
挨拶代わりのような軽いキスを唇に何度か落とし、彼の両手は両頬を包んでくれる。世界に二人しかいないような感覚に陥った。「唇の奥を訪ねたいなあ。口を開けてくれるかい」
やわやわと唇を食みつつ舌先がその周囲を濡らし始める。与えられる優しい快感にまどろんでいると、ふいに自分の舌が彼のものと触れ合った。舌先同士をチロチロと微かに擦り合わせる。微弱な電流が腰を流れ、彼を抱きしめる腕に自然と力も入ってしまう。もっと触って欲しい――。Kは飢えた獣のように、快楽に溺れ、絶頂を強く意識した。
しかし、彼は一向にゆっくりと事を進めるのであって、そのじれったい時間が期待を高まらせていく。いつの間にかKはだらしなく舌を出し、彼がそれに吸い付いていた。口淫よろしく、ちゅるちゅると彼の温もりに溢れた唇にKの舌は包まれ、奥に手前にと滑らかにピストンが繰り返された。そのせいで唾液も滴り、淫らに首へと伝い落ちていく。
その水跡を追いかけて彼の唇が下へとさがっていく。鎖骨を通り、桜色の突起に行き当たった。
「触ってもいないのに濃いピンクでいて、それに堅くなっているみたいだね」
一見して解ってしまうほどKの乳首は姿をはっきりと現してしまっているということなのだろうか。全く、正直な身体だ。乳輪の周囲を執拗に指の腹で撫で回し、時折その中心に触れる度もどかしい心持ちが沸いてくる。
もっと気持ちよくなれる所を触って欲しい――Kの目がそう訴えているのを彼は気が付いたのだろう。その要望に二つ返事で応え、乳首の突起を、優しく擦り始めた。
「すごく気持ちよさそうな顔だね。いやらしい表情だ。まだまだ始めたばかりだというのにもう達してしまいそうな程にとろとろとした目をしている。なんて可愛いんだ。そう……乳首の先端を撫でられるのが良いんだね」
それならば、と彼は先端にキスをして、魔性の舌でそこをゆっくりと舐め上げた。唾液が脇腹を通り、背中の方へ流れていく。その跡が冷たく、火照った身体には丁度良い。
心地よさに責め立てられ、シーツがしわになるほどに足先はその感覚に酔いしれて居た。舌と指で左右の丘を慈しまれ、深い快楽の谷へと落ちていくようだった。
彼はKに覆い被さり、性交の悦楽を教える者のような姿だった。ラブホテルなどといった誂えられた雰囲気ではない場所で行為に及ぶということが、更に背徳感を背負わせ、自然と部屋の空気も艶めかしくなる。
全身で快感を与えられるような彼はその唇を更に下半身へ向かって滑り下ろしていった。すでにそこは内部からの刺激を享受して、はっきりとした姿形を持っていた。ジーパンがオブラートの役目を果たして生々しく盛り上がった様子を露わにはしていないのだが、中ではきりりとそり上がったKの存在がそり立っていることだろう。布越しに最も盛り上がった箇所に爪を立て、引っ搔かれると、淡い刺激はかえってKを我が儘にするものだった。「暑くなってきたことだし、脱いでしまおうか」
室温を口実に彼はKのジーパンのジッパーをじりりと下ろし、下着もろとも全てを下ろしてしまった。その際にKが多少身体を起こしたことをきっかけに、そのままベッドのヘッドに背を預けさせ、身体を痛めてしまわないようにと枕を腰に当て、Kの膝裏を彼は自身の肩に乗せたのだった。ますます身動きが取れない状況で、見せつけるかのような体勢になってしまった。
「先から僕への愛が溢れているね。さっき脱がした時も下着に染みて糸を引いていた。そんなに僕の事が好きなのかい」
Kがここまで足を運んで、その上足を開いてしまう程に彼に惚れ込んでいた。世界の全てを敵にまわすことなく、彼と平穏な生活が送りたいとまで考えていた。衣食住を共にして、彼の好きなことに共感して、Kは自身の興味を深めて、愛を与えて、キスをして、セックスをして――そんなごくごく普通の生活ができたら幸せだと思っていた。
持ち上げられた膝にキスをされ、腰と背中で自重を支える不安定をよそに、彼は挿入をするかのように身を乗り出し、Kの唇を塞いだ。
「僕は顔を見ていないと不安になるんだ。だからこのまま表情を楽しませておくれよ」
彼はそう言って、Kの鈴口を掌で温かく包んだ。そのまま腹に面した部分を指先が伝い、愛を溜めた二つの巣を辿った。
「そんなに気持ち良いんだね、愛液がまた出てきたし、それに先が小刻みに揺れ動いているよ。やらしい」
彼はねっとりと舌を絡ませて、片手は乳首を擦り上げ、Kの裏筋に右手の親指に多少の力を込めて添え、じゅっじゅと擦り始めた。
彼の吐息が最たる媚薬である。その息に溶けた甘い声が意識をぼんやりとさせてくる。ゆっくりと上下運動を繰り返していた手は次第にその速度をあげてKを追い立て始める。持ち上げられた足先はその度にぴくぴくと痙攣し、つま先を舐められただけでも達してしまいそうであった。
二人の唾液が垂れ落ちて、触れていない乳首をじんわりと濡らした。今、Kの身体は彼によって快楽の層となっている。
「まだ教えたい事もあるけれども、はじめてだからこの辺で甘く蕩けようかね」
そう彼が告げると同時に、これまでずっと欲していた刺激がKの陽物に浴びせられる。
まさにこれを望んでいたにも関わらず、そうなってしまっては、事が終わってしまうことが口惜しい。まだこの先に達したくないが、ここで止められても不完全燃焼ですっきりしない。いつまでもこの心地よさが続くと良いのにと思った矢先、意識は快楽に覆われ、そのまま熱い白濁を吹き出して、Kは絶頂を迎えたのだった。
肩で息をし、まだその余韻の波に漂っている。彼の全てを手に入れたようでいて、そこには依然としてKしかおらず、全ては妄想であることに、肩を落とすも、それが生々しくも喜ばしいものであることにKは満足を覚えていた。乱れた自らの身体と衣装とそれから寝具を整え、部屋の換気をして一切の痕跡を残さぬように努め、外をぼんやりと眺めていると玄関のほうであのメイドの声がした。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お客様がお見えになりましたので、ご案内しておりますわ」
先程までの波一つない穏やかな心境が一転して荒波に襲われた。気が付けば日も傾き、夕方になっている。授業を終えた彼がまっすぐに帰宅してもおかしくない時間だった。あろうことかKとしたことが逃げる絶好の機会を失してしまったのだ。勉強ばかりできて、やはり社会という他人との共存ができないのがKであって、それがKの良さなのである。
階段を登り、この部屋へと近付いてくる足音が一歩、また一歩と大きくなってくる。ここは二階だ。いくら外に足場があろうとも窓は胸まで高く、そこから身を乗り出している時間は残されていなかった。逃げ場を失い、性欲は兎並の袋の鼠であった。猫の手も借りたい程に名案に見放され、雀の涙程にも涙は流れず、その代わりに滝のような汗が流れていくばかりだ。なにも月日と時間ばかりが流れるものではない。
彼がガチャリと部屋のノブをまわし入室すると、そこには何一つ変わらない自分の部屋が広がっていた。ここに来る途中、客室を横目にしたが、そこには誰もおらず、メイドはまた何か言い間違いをしているのではないだろうかと勘繰り、今はそっとしておくことにした。
一方でKはというと、忍者でも異能力者でもなく、だた多少のお勉強ができるだけの人間であるのだからこの部屋から逃げ出す事はしていなかったのだ。だとすれば、せめて姿を隠せる場所。と言ってもここには最低限の家具しかなく、身を潜められるのは二つだけ。一つは内開きの扉の裏だ。そこに身を潜め、彼と入れ違いに部屋を出て行く。しかし、もし彼がその雰囲気に気が付いたら。部屋の扉は元々閉められているのだから、入室し、そのまま部屋の入り口を解放したままにしておくということは考えにくい。となれば、この策では生存率は低いだろう。
先程までベッドの上で愛を囁いてくれたのは彼であるのだが、それはKの妄想上の彼であって、現実としてやはり面と向かってはいけない状況には変わりないのだった。そしてその愛情を傾けた場所の真下。埃一つないフローリングとベッドとの隙間にKは身を滑り込ませたのだった。そこは人が一人寝転がるには十分の高さであり、その上、はみ出した掛け布団が垂れ下がり彼の死角となることは可能であった。
思いつきでここまでやってきたのであるが、結果として、息を潜めさえすれば彼を観察するにはうってつけの状況を手に入れたのであった。彼は制服を脱ぎ、部屋着へと着替えているようであった。男らしいすらりとした筋肉質の足が美しい。まるでダビデ像である。それが色味を帯びて、今、目の前を生きているのだ。生きる彫刻なのだ。
着替え終えた彼は、明日の授業道具の準備を済ませ、そのままベッドへと潜り込んだ。やはり天才ともなると予習復習なんてそっちのけなのである。全ては己の興味と関心が全てであって、その分野であれば、点数を付けられる事に対して一切の優越も杞憂もなく、むしろそういったシステムを強要してくる組織に対して嫌悪を抱くのであった。つまり、関心の無い教科の試験には名前すらかかないKは最早、学生ではないのであった。しかし、世にはびこる天才と呼ばれる尊敬すべき人たちは往々にしてそのような一面を持っているのであって、それを社会が容認するのは極めきった先のことであって、彼らに一般人はどれだけの恩恵を与えられているのかを知らずに、やれ地位だやれ名誉だ金だと囃し立てる。誰もが人の気持ちなんて知る由もないのだ。
Kの中で彼がどれだけ神格化されているのかは叙述した通りである。そんな彼が今まさにKの上で心身を休ませているのであった。悦びに発狂しそうになるのを堪えてKはその気概に心を震わせていた。
できることならばこの両の腕で彼を抱きしめたい。
この家に入ってからといものKは時間を経過させ、好機が訪れる時を待つことで、利益を得ることを知ったようで、髪の毛一つ動かさずにじっとその時が来るのを待っていた。
直に、真上の方から寝息が聞こえてきた。彼が昼寝もとい夕寝を始めたようだ。
ベッドが右の方にむかって軋む音を上げた。きっとあの抱き枕を抱えたのだろう。「んん」と、くぐもった声と均整な息が微かに響いている。
人の眠りとは光や音で簡単に打ち解かれてしまうものであるので、じれったいのだがもう少し、日が沈み、彼の睡眠も深くなった頃を見計らい、Kはとうとう彼の前に姿を現した。とは言え当の彼は眠っているのであるから面会はしていないのだが。
そこにはやはり遠目で見掛けた彼が、Kの手が届く範囲で、見目麗しいご尊顔に髪をさらさらと靡かせて、美しい夢に身体を休ませていた。
まるで少年のようにあどけない表情で寝息を立てている。唇は濃厚なキスを求めているかのように薄く開き、白い玉を携えて潤っていた。
きっとこの彼はあの空想のような、時間を掛けて心を解いていくようなセックスはしないだろう。初初しく、たどたどしく、ぎこちない、お互いの良いとする場所も、同性としての気恥ずかしさをも浮かばせたそんな交わり方をしそうだと思った。
人は遠見掛けによらないものだな。そうだとすればそちらに妄想を切り替えるまでだ。頭の中だけならどうにでも修正が利くものだ。
それにしてもやはり麗しい人だ。一目惚れするだけの人格が表層ににじみ出ている。
「ああ、やっと手に入った」
――Kの腕はその時、がしりと掴まれた。
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