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悪魔の純愛
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彼が存在している以上、卵子の提供者と精子の提供者がいた。それを便宜上で母と父と呼んではいたのだが、心の中ではそれをかけがえのない存在として発していた訳ではなく、愛称のようにある種の軽蔑と侮蔑と狡猾さでその単語を使用していた。
子である彼を通して両親を見通すとそんな冷めた存在に見えるのだが、当の二人にとっての彼は愛の結晶であった。父の目の前で母が輝いていたように、母の目の前で父が輝いていたように、世界が愛で染まっていた。
母が少女から女性へと呼ばれる舞台へこれから成長をしようとしていた十四歳、中学二年生。柔肌と無垢と無知によって多くの人間を魅了する時。薄汚れてしまった年老いた人間から見ると、なんとも艶めかしくあり、それでいて調教して自分の意思を注ぎ込みたくもなるそんな魅惑的な年齢であった。
そんな頃、少女は性にも目覚め始めていた。それは彼女にとって半ば遊びのようなものであって、その若い行動力をめいっぱいに注いでしまう対象でもあった。
そんな矢先に七歳年上の大学三年生になる父と出会った。
その時、母からみた父の存在は煌びやかで瑞々しい大人の象徴であっただろう。生まれてきた意味も、己の尊厳も、意思も失い、ただ周囲に迎合した振りをして、闇雲に蜷局を巻いている群衆とは一線を画した存在であったに違いない。
どちらも若く、世間と交じわえず、それでいて己の領域を造り上げ、社会と均衡を取れてしまったことが不幸の始まりでもあったのだが――
宿命とは時に意地悪なもので、そんな二人が出会って、恋に落ちるまでそう多くの時間を要しなかった。
異性であって、自分の感性に反ってくれる人が運命の王子様であった母にとって、父は最適な人間であったろうし、その頃から人間を造り出す研究をしていた父にとって母は最適なデータの一つであった。
お互いの思惑が合致し、ブラックホールの特異点を共有した両者はそのまま闇のように深い愛に溺れた。自尊心に塗れた若い感情を互いで埋め合い、それこそまさに自分が求めていた幸せという形であった。
そして月日を間もなくして二人は子を授かった。それはそれは可愛らしい、愛する人と自分の遺伝子を引き継いだ、庇護欲をかきたてる幼い命が二人の間に誕生したのだが、それを受け止める手は母の細腕だけだった。
未婚で母となった彼女の後ろ盾は、父であったのだからそこに仮にも真心はあったのかもしれない。
父は大学には籍を置いているだけでほとんど登校せず、薬剤を精製して既にそれなりの収益をあげていた。そしてある時から突然流行りだした病に適合した薬の販売認可が下りていたのが、父が造り出した薬だけであったのだ。
当時、薬の販売の許可を貰うにも面倒な手続きで時間を要し、他の追随を既存の構造が許さなかったのである。その構造というものは不適当な物を世に流さない為に厳重な検査を重ねていくことが目的であって、それは決して悪ではないのだが、その規則が父の金脈へと変容していったのだ。加熱する病と、要求が止まない薬剤。二束三文であったそれは瞬く間に価格を十倍にも二十倍にも膨れ上がらせ、父の銀行口座へ預金を積んでいった。
その一部を母が受け取り、養育費と二人の生活費に充てていった。
その時に取り交わした父と母との間の取り決めがまたお金の流れを加速させる一要因になってしまっており、それは父の月収の四割を渡すというものであった。養育費の相場について詳しくは知らないが、聞いたところによると年収の二割程度らしいので、きっとその話し合いの際に父が大見得を切ったのだと思う。若いというのは恥さらしだ。
月収に応じた計算になるので、当然、零の月もあった。最初は零だろうが百だろうが母は気にしなかったのだが、強運の持ち主の似たもの同士が結ばれたのであり、収入が一気に増えると日常の些事を他に任せてしまいたくなったようだ。そこで雇い始めたのがメイドだった。
自ら着飾り、赤子を連れて、中心街に赴き、成人未満の同世代と同じ嗜好のお店を練り歩くのと同じく、母は少女と女性と女としての役割をその一身で受け止めた振りをして自らの趣味をもまた堪能したのだった。全てはお金が力になったのである。
元来それほど社交的ではなく、むしろ大人しく、健気で、純粋で、素直な母はそれでいて自尊心だけは人一倍に強かった。
ひとたび自らを傷つけられたと感ずればその罵声や暴動に反旗を翻す勇気すら持ち合わせていた。
だからこの場合も外へ運動することはせずに、メイドのエプロンドレスと業務内容に惚れ込んだという、あまりにも簡素な理由だけで安易に人を雇い始めたのであった。
若い女性が二人と赤子が一人という、奇妙な生活は、父の影ながらの莫大な送金によって安定した時を送っていた。
しかし、父が送ったのはお金だけではなかった。
父と母は月に数回、子供を連れて会うことはあった。未婚という普遍ではない形を取ってはいるが、両者は価値観の相違によって離婚した、過去にいがみ合った仲では無く、そこには信頼という恋の盲目がまだ漂っていた。
母はまるでデートに出かけるが如く、軽やかな心持ちで指折り面会の日を楽しみにしていたとメイドは語っている。
そしてある時、母は二人の子供を連れて帰宅した。赤ん坊の男の子を大事に腕に抱え、もう片方の手で少女の手を優しく引いていた。
その表情は穏やかだった。
少女は真っ白な肌に腰までもある長い髪をツインテールに縛り、お嬢様がお通いになる私立中学校の制服のようなセーラー服もどきを着ていた。
母と少女が並ぶとその若さからまるで仲睦まじい姉妹のようであるのだが、それは露見した情報による見当違いであって、その少女は父の研究結果であったのだ。
つまり父が所属する製薬研究所の職員達によって裏で地道に造り出された人造人間の試作品。
やはりこの分野に於いてもその筋に明るくなければ真実を突き止められはしないのであるが、人が造り出したとは言え、人であるのだからその一端に父の遺伝性が組み込まれているという。
一体この儚い少女の中のどの辺がそれなのだろうか。つまり、母と父との間に少年が一人、父とその職員との間に少女が一人。
少年にとってはその少女は妹に当たるのだった。
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