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君の情熱的な愛と、僕の密やかな恋
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僕は悪運が強いのだろうか。それとも経験から学ばないからとも言えるのか。まあ、そのどちらにせよ司と僕はΩ性をいたぶる変態集団に喧嘩を再び売られていた。
もちろん買う気などさらさらないのだが、強引に売りつけてくるもので、どうにかして逃げようと頭をひねっているのだ。というのも、昨日の堀川の一件もあって、致命傷を与えられかねないのが恐ろしく、すたこらと逃避できないのだった。
それに今日は司もおり、自分の事ばかりにかまけてもいられない。
「こんなに執拗に追ってくるなんて、そんなにΩ性のことが気に入らないのですか」
司が交渉に出てくれる。昨日もこうして腹の探り合いから始めればあんな大事にはならなかったのかもしれない。まあ、事を荒立てたのは堀川の方だけれどもな。
僕たちが向かい合っているのはどこか影を感じる儚げで美しい女性であり、失礼かもしれないが年齢は僕たちよりは少し上のような雰囲気がした。決して年増という意味ではなく、同学年に見られる無鉄砲な明るさを彼女の表情には見えなかったからだ。
「私はΩ性だから君達に近付いているのではないのよ。ただ、兄が、そういう思想だから」
攻撃してくるという様子は無いので話に耳を傾けておく。
「お兄さん」
「ええ。私は薬剤師としての兄を尊敬しているの。彼はありとあらゆる知識をその脳内に蓄え、社会に貢献していったのよ。『アロン』という発情抑制剤をご存知でしょう。あれは兄が一般向けに開発したものなの」
アロン――それは現在、最も副作用の少ない薬で非常に重宝されている。Ωであれば誰もが一度は服用したことがあるだろう。そして僕も日頃、お世話になっている薬だ。
「ご聡明な方ですね」
「そういう嫌味は嫌われるわよ」
とは言うものの、女性は司の発言に気を悪くした様子も無く、話を続けた。
「兄が十代の頃らしいわ。このまま年月を経て、どこか既存の組織に吸収され、α同士で醜い争いをしながらヒエラルキーを上り詰めることを想像し、悪寒が走ったそうよ。まあ、あの人の性格もあるものだからね、当時の想像が見当違いの妄想や空想の類いだったかもしれないけれども」
夕暮れ時とは言え、まだ太陽が出ているというのにどこからか霧が漂ってきた。
坂の上の方に女性が、下の方に僕たちは立っており、空をオレンジ色に染め上げる太陽を背負っている彼女はその姿に逆光で黒い影を落としていった。
僕らが見上げる彼女は真っ黒な影と、太陽のまぶしさで真っ直ぐには捉えるのが難しくなっていった。
「そこで兄は若いうちから自立という言葉に重きを置いて、自ら世の中の為になるべく、当時まだこれといった決定打が開発されていなかった発情抑制剤の研究に目をつけたの。それが巡り巡って現在、私達に安泰をもたらしてくれたのね」
まぶしさに目を細めながらも、一向に攻撃してこようとはしない彼女の話をただ聴くともなく聞いていた。
「アロンは瞬く間にΩ性が買い求めるようになったわ。一時は薬剤師がいくらいても足りなかった。八時間を三交代で二十四時間体制で製薬を続けたものよ。Ω性からは感謝されるし、卸先からも次々に発注は上がってきたわ。それに比較的高額な賃金を得られる為に求職してくる薬剤師も少なくなかった。その時、私は兄についてきたことが正しかった、兄こそが正義だと確信したのよ」
確かにその社会現象は未だに何かと話題にあがっている。まるで未来から先端技術が逆輸入してきたかのように世の中に一気に火がついた。誰もがこれで安心して生活を送れると心を撫で下ろしたことだろう。
「しかし若い頃の判断というのはあまりに迂闊だった。視野が狭かったのよ。抑制剤の研究が進められていなかったのはその難解さと、その先の市場の狭さを研究員は倦厭していたようよ。しかし、それでも兄の心は折れなかった。だったらその製造に拍車を掛ければ良い――と」
彼女の話は朝礼の冗長な陳述とは打って変わって、当事者の僕なんかにしては飽きるようなものではないのだが、どういう訳だか先程から瞼が重い。
「砥石――ここはまずい気がする。一刻も、早く、来た道を……戻ろう」
司がそっと耳打ちをした途端、ぐらりとその身体が傾いた。司を受け止める為に僕は膝を折り、地面にしゃがみ込んだ先で僕は初めての感覚に襲われた。
僕の身体の機能が一つずつ夢に落ちていくのを感じたのだ。
そして司を抱えたまま僕までも意識を失い、その場に眠ってしまった。
女性はガスマスクを装着し、ゆっくりと坂道をくだる。二人が眠ったことを確認していると、どこからか黒塗りの車が停車し、若い男性が運転席から降りて寝こけている二人を後部座席へと乗せ、女性はその隙に助手席へと滑り込むように乗り込み、森林公園へと向けて車は走り始めた。
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