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6-1
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ジャックが寝泊まりする部屋は、間に合わせの客室と言うより、大人になったら持ち主が出て行くことを想定している子供部屋を思わせた。狭い室内だった。人一人が旅をするのに必要な、服や本を放り出しておくだけで、床が見えなくなるほどに。或いは、それだけ山ほどの荷物を詰め込むことの出来た鞄の大きさへ感嘆すべきなのか。
啜り泣きは、床の上に開かれたキャリーケースから聞こえてきた。しゃくりあげの合間に挟み込まれる、引き付けるような息継ぎに合わせ、収まりきらなかった後頭部の丸みが上下する。
服は全て脱ぎ捨てられていた。ケースの中で身体を丸めたまま、ジャックは見下ろすスヴェンを睨み上げた。泣き濡れているにも関わらず、射るような眼差しの強さは薄まることがない。
「あなたは、アーノルド・ハンターを決して忘れないんだ。僕が彼の血を引いてないって知ったから、興味を失ったんだ」
染み一つ、傷一つない身体を益々縮めるものだから、呻き声は一層詰りの響きを増した。
「僕は、あの人が憎い」
「そうじゃない」
このままではいけない。だからあらためなければ。焦燥に突き動かされるまま、スヴェンはジャックの腕を掴んでいた。
「そうじゃない。どうして君は、そんなに馬鹿なんだ」
引きずり出す勢いがどれだけ乱暴でも、ジャックは逆らわない。寧ろ、そうされることを望んでいたかのようだった。無理矢理立たされようとしても、意のままに従う。抱き竦められても、逃げるそぶりは皆無。抵抗が無いのを良いことに、スヴェンは麝香のような汗の匂いが濃い、ジャックの喉元へ唇を寄せた。
「愛してるよ、ジャック」
「嘘だ、そんなの」
「嘘じゃない。私はアーニーの息子だからじゃなく、ジャック・グレスラーに欲情するんだ」
嗚咽の止まらない喉仏の痙攣を堪能し、それから塩辛い頬を味わう。幼い子供が人形へ与えるような毒のない接吻に、やがて腕の中の肉から強張りが抜けてきた。
転ぶようにして小さなベッドへ倒れ込んだ様子は、端から見ればティーンエイジャーよりも無様なものだっただろう。相手の肩を掴み、スヴェンは顔を近づけた。こじ開ける必要はない。まるで映画の中で女優がやるように、ジャックも薄く唇を開ける。
彼には経験があるのだろうか。まさか無いわけが、少なくとも女性とは。思いつつ、少し触れ合うだけで引っ込んでしまう、消極的な舌は疑念を呼ぶ。子供が手を突き出し、もっともっとと強請るように、スヴェンは追いかけた。そっと下顎の、泥濘のように柔らかい肉へ舌を沈み込ませただけなのに、ジャックはシーツの海底で身を跳ねさせた。のし掛かる相手の肩へ触れる手は、縋りたいのか、押しやりたいのか、曖昧な力を掛ける。
「ああ、もう」
唇が僅かに離れた時、どろりと糸引く唾液はモカの味。切れ切れの息も煎り立ての豆の匂い。ぐずぐずと、ジャックは煮え切らなさを隠すことがない。詰まった鼻が作る辿々しい声で、囁いた。
「僕はほんとうに馬鹿なんだ」
「そんな事ないよ。さっきはすまなかった」
頬を両手で包み込み、優しく唇を啄んでやっても、訴えはしつこく続けられる。
「いつも父さんに怒られる、アーノルド父さんにってことだけど……お前はやったらいけないことをやるって」
「もう親の言うことなら何だって聞く年でもないだろう。パパが死ねって言ったら、君は死ぬのかい」
「そんな乱暴に口説かれたの、はじめてだよ」
恐る恐る肩を撫で回しながら、ジャックはぎこちなく口元を歪めた。
「いま僕、口説かれたんだよね?」
「そうだよ。だから君は受け入れなくちゃ」
全く、ここまで強引な迫り方をしたのは、駆け出しの頃以来だ。しかも素面の状態で――アーニーと化粧室で味わったコカインの、舌の両端が引き締められるような苦みが蘇る。鼻先に付いたままのファンデーション、白い粉、そして狂気。使用をやめた今でも、クリーンになったとはとても言えない。依存と執着は続く。もう無事だと安堵した時に、顔を出す。
覆い被さる唇に、今度こそジャックは応える。差し出した舌をつつかれると同じ動きを返し、糸切り歯の裏側を舐められれば、甘く窘めるように柔らかく噛む。
興じるうちにスヴェンの手は、引っかかりのない肢体を流れ落ちる。内ももへ滑り込ませると、ばねが仕込まれているかのような弾力を持つ脚が、恥ずかしげにきゅっと閉じた。
手に取ったペニスは緩く兆している。指で軽く押してやれば、たわわな果実の瑞々しさで反発し、硬度を増した。
急所を掴まれ、途端に技巧を拙くさせる舌の濡れた柔らかさを、最後にもう一度味わう。
「脱がせてくれる?」
スヴェンの促しに、はっとなった次の瞬間には、その頬に熱が集っている。シャツへ手をかけるジャックの指先は、焦っているのか興奮しているのか、ボタンをホールへ潜らせるのに何度も失敗した。
中年に一歩足を踏み入れる、がっしりとした身体へ触れる時、ジャックは酷く生真面目な表情を浮かべていた。ココア色をした手で白い肌に触れることにより、理解しようとしている。自らではないものにその身を明け渡すのだと。時々スヴェンによって戯れに、敏感なペニスへ指先を這わせられると、肩をびくつかせながら目つきを険しくした。
うっすら生えた体毛を撫で擦るのに満足したら、ジーンズのボタンを外し、履き口から手を差し込んでくる。子供っぽい造りの指が下生えを辿り、熱いものに触れた。
喉の奥で笑いながら、スヴェンは青年の後頭部に腕を回した。
「触りたい?」
「うん……」
あやふやな相槌に、背徳と愉悦は深まる。下がった口角に口付け、彼はジャックのペニスを、締め付けた手のひらの中で滑らせた。
「怒らないで。こういう子供の遊びみたいなものも、久しぶりだから。逆に照れるんだ」
「こ、これ、遊びじゃない……ぅ、あぁ」
鈴口からこぼれる温かな液体が、ぬめりを帯びる。親指の腹で塗り広げてやると、ジャックも慌てて行為を再開した。
熱いものにでも触れるかのような、おっかなびっくりの手つきで、根本をさする。そのまま窄めた手の指先全体を使って先端へ。
「君、随分と面白いオナニーをするんだね」
耳元へ吹き込んでやれば、ジャックはかぶりを振った。
「慣れないよ、人のものを触るのは」
「怖いの」
迷った後、「かもね」と落とされた呟きが、鎖骨のくぼみを温かく湿らせる。追いかけるようにして、ジャックはくっきり浮いたそこを舐め、唇で軽く食んだ。取り繕い、媚びる仕草は、仏心を生む。
「なら、無理しなくていいよ」
スヴェンの言葉で、あからさまにほっとした態度を見せる。もしかしたら、自らはやってはいけない事をやろうとしているのではないか。そのときスヴェンの脳裏に浮かんだ危惧は、けれどすぐさま流れ去る。鼻先を顎に擦りつけ、次に頬に押し当て、それからジャックは耳打ちした。
「精一杯やるけど、下手でも失望しないで」
この寄る辺ない声を聞いて、興奮しない人間がいるのだろうか。
「教えてよ。頑張るから」
いや、この先二度と、他の誰にも聞かせるわけには行かない。義務感は欲望へ溶かすと、憤りに変わる。後ろ髪へ潜らせた指に力を込め、スヴェンはジャックの目を捉えた。振り向けられた榛色の瞳は、間違いなくスヴェンを映し込む。潤んだ眼球に恐怖が広がった。仰け反る顎が震え、晒け出された喉に細く鋭い息が通る。
この青年を前にして、言葉を失ったのは何度目のことだろう。そもそも本来は、必要が無いものだった。二人の間には、ただカメラさえあれば良かったのだ。
その事実を捻じ伏せるだけの衝動へ襲われることなど、決してないと思っていたのに。
スヴェンがにっこり笑ったのを見て、ジャックは身を竦ませた。
「こわい……」
震える息を吐き出す口元の法悦。もはや、止める必要などどこにもなかった。
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