アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
叶 ~side~
-
朝起きて、何だか嫌な予感がした…
支度を済ませて学校へ向かう間も、授業中も。
『叶、お前これの予備知らね?』
[あ?…あー…確か工具室だろ。何に使うんだよ。]
『ん?いや、文化祭の準備で使いたいって生徒が居て。』
[ほぉ……俺もそっち方面に用あるし、ついでだから探すの手伝うわ。]
『お、サンキュー』
席を立ち、横に並ぶと視線を感じた。
隣に顔向けると、案の定こちらを見つめていた真羅。
『…だいぶ腫れ引いたな。』
[まぁな…]
『まだ濡れタオル当てとけよ。』
[………近い。]
瞼を撫でた真羅は、悪戯っぽく笑った。
最近距離感が可笑しい…
いくら気持ちが吹っ切れたとは言え、恥ずかしさはある。
『お、勇間だ。』
[………。]
嬉しそうに顔を明るくした真羅は、少し歩くペースを早めた。
その先を歩いている後ろ姿を見つめ、少し胸が高揚した。
倉沢…そして龍……
『何か様子可笑しくねぇか?』
[そうか?]
階段に差し掛かるくらいで、龍は立ち止まっている。
何かを言われたであろう倉沢が、顔を歪ませて龍の元へ駆け出す。
嫌な予感が…こんな事だとは思わなかった。
スローモーションの様に、龍は階段の方へ身体を傾けた…いや、倒れた。
『!!』
俺達が駆け寄る瞬間、こちらを見た龍の唇が微かに動いた。
その動きは…
‐〔かなちゃん…〕‐
[龍!!!]
声を荒げ、手を伸ばす。
嗚呼…頼むから神様、これ以上俺から壁を奪わないでくれ…っ
願いも虚しく、龍の身体は階段下へと吸い込まれて行った…
目の前に広がる光景が、体を冷やしていく…
病院の独特な香りが花を突き刺し、頭痛を誘う。
『叶…少し休め。』
[………。]
握る手はピクリとも動かない…
龍は、落ちた衝撃で頭を打った。
額から血を流しているのを見て…息ができなくなった。
『叶…』
[分かってる…けど、傍に居たいんだ…]
『………。』
「叶先生、コーヒー買ってきました…どうぞ。」
[あぁ……ありがとな。]
受け取ったコーヒーは、冷えた指先を温めていく…
俺が今欲しい温かさはこれじゃない。
「………。」
『外で待ってるから、帰るとき声掛けてくれ。』
俺の頭を撫で、病室から去っていく…
一人になった瞬間、涙が溢れ出る。
眠ってる龍の上に顔を押し付け、声を押し殺した…
穏やかな表情の龍は…今にも目を開けて、俺へ微笑み掛けてくれそうだ。
それと同時に、このまま目が覚め無いんじゃないかとも思う。
[龍………っ…龍…っ!]
二度と目が覚めないのなら、記憶がない方がマシだ。
この手を話さないと決めた瞬間、何でこんな事になる?
俺は…お前が居たらそれで良いと思ったのに…
なのに…
[目ぇ…覚ませよ…っ…]
俺の事は思い出さなくて良い、だから目を覚まして…
あの人懐っこい笑顔を見せてくれ。
そう思いながら、強く手を握り締める。
すると、微かに動いた…
[龍?……龍!]
『どうした?!』
俺の声を聞き、二人がまた部屋に入って来た。
[今…手、動いた!]
〔ん……ここ、どこ…病、院…?〕
「日下君!!」
〔あれ……勇間…〕
目を覚まして良かった…
〔真羅先生も…〕
けど…
[た]
〔アンタ誰?〕
[…つ……?]
これは残酷過ぎやしねぇか?
目を覚まさせる代償が…俺の記憶全てなんて…
なあ、神様よ…
[……俺はお前の通ってる高校の教師、凛堂叶だ。真羅の友人…んで、俺の目の前でお前が階段から落ちた、以上。]
〔あ…なる、ほど……〕
『かな』
[あと、俺とお前だが…友達以上恋人未満の関係だ。]
こんなんじゃ逆効果だ。
俺は残酷過ぎれば過ぎる程、燃える質らしい。
ニヤリと、顔を歪ませて龍を見据える。
『!?』
〔えっ!?〕
「か、叶先生!?」
突然の事に、全員が驚いた。
正直、俺も今言って後悔している部分もある。
つまり…傍から聞けば…カミングアウトであって…
〔付き合っては…無いん、だ…?〕
[あぁ、そうだな。そこはお前が自力で思い出すんだな。]
〔えぇ!教えてくんないの!?〕
[そこまで俺は優しくねぇ。]
〔ひっど!!〕
[はははっ!]
「………。」
大丈夫、また一から始めれば良い。
今度は俺から動く…大丈夫…
大丈夫…だよな…?
『叶、ちょっと良いか。』
[ん?おう。]
真羅に呼ばれ、病室を出た。
近くの椅子へ腰掛け、倉沢から貰った…冷え切った珈琲を開ける。
冷たい感覚が、喉を通り胃へ落ちていく…
[で?何だよ…わざわざ呼び出して。]
『……大丈夫か?』
[は?当たり前だろ、お前が諦めんなって言ったんだろ。]
『叶。』
[………。]
真っ直ぐ、俺を射抜く瞳。
溜息を大きく吐いて、前のめりになる…
抑えていた筈の震えが…
[…悪ぃ。]
『お前…強がりも程々にしとけよ。』
額に当たる冷たい缶の感触が、頭を冷静にさせる…
アイツの前ではちゃんとしようと…そう思っていた。
けれど、結局真羅には見抜かれた。
俺もまだまだ、か…
[まぁ選ぶのはアイツだから…]
『………。』
[どうなるかは分からねぇ。]
『そうだけど…お前は良いのか?』
その問い掛けに、思わず鼻で笑う。
身を起こし、再び珈琲を口につけ一気に胃へ流し込む。
[俺を選ばねぇ選択なんて、最初からねぇんだよ。]
『……ふっ…お前らしいな。』
[記憶なんて新しくまた作りゃ良いんだ。]
『ま、いざとなりゃ俺等を頼れ。お前は一人じゃねぇから。』
[…サンキュ。]
暫く他愛も無い会話をしていると、扉から心配そうな顔をした倉沢が頭を出した。
「あの…」
[おう、今行く。]
缶を捨て、中へ入ろうと歩を進める。
「……叶先生。」
[あ?]
病室を出た倉沢は、俺の前に立った。
オロオロとしていたのが、こんなにも真っ直ぐ他人を見るようになった…
それも、真羅が変えた。
俺も…変われた。
[どうした?]
「俺、叶先生が悲しそうに笑うの…見たくないです。」
『………。』
「俺は叶先生に同じ顔を…前にさせてしまった…」
倉沢が言っているのは、あの時の事だろう…
俺がまだ、真羅を好きだったあの時の…
[倉沢、それは]
「叶先生には幸せになってもらいたいんです!」
[………。]
「せっかく…せっかく二人が出会えたのに…なのにこんなので終わりなんて、俺は…」
[はぁ…]
再び出た溜息と共に、俺は倉沢の頭を軽く叩いた。
[終わりなんて、まだ誰も決めてねぇだろ?]
ニヤリと口端を上げると、倉沢は顔を明るくさせた。
けれど、正直勝算はゼロに等しい…
アイツが俺を必ず選ぶとも限らない。
[ま、なるようになれって話だ。]
「叶先生……」
[…アイツ、大丈夫そうか?]
「………はい、照れてるのか…誤魔化してましたよ。」
[ふっ……暫く面白いのを見るか。]
病室の扉をスライドし、前を向く…
身体を起こして、倉沢が剥いたのであろうリンゴを食べていた。
嗚呼…本当に目が覚めて良かった…
生きていて良かった…
思わず、口元が緩んだ。
〔………。〕
俺に気が付いた龍は、真っ直ぐこちらを見たまま動かなくなった…
[どうした?]
〔何今の顔…〕
[は?]
〔俺のせい?〕
[いや、ちょっと待て…どんな顔だよ…]
近くの椅子に腰を下ろした瞬間、両肩を掴み揺さぶってくる。
一体どうしたんだ…急に。
〔悲しそうに笑うの…やめて…〕
[…そんな顔してたか…?]
〔うん……なんか、その顔見たら凄い苦しくなった。だから絶対しないで、叶先生。〕
[………。]
チクリと胸が痛んだ。
‐〔かなちゃん!〕‐
あの呼び方は…もう聞けないのかもしれない…
〔あ、またしてる…〕
[ちょ、近ぇ…っ!]
俺の両頬を掴み、目を無理矢理合わせてくる。
茶色い瞳が、また俺の胸を締め付けて…苦しい。
〔泣きそうな顔……〕
[…っ…っそんな事してる暇あんならさっさと思い出せクソガキ!!]
〔いっ…たぁ…なんで殴るのさ!!俺怪我人だよ!?〕
[うるせぇ!]
殴られた腹を擦りながら、それでも楽しそうに笑う。
変わらないその笑顔が嬉しくて…気が付けば強く抱き締めていた。
〔叶先生…?〕
[……お前が目を覚まして良かった…]
〔……うん。〕
[苦しくなったらいつでも周りを頼れ…耐えてる必要なんてねぇから…]
〔うん。〕
添えられた手が、俺の服を掴む。
『さて、と…もう入っていいか〜?』
「ちょっ、先生…!」
顔を赤くさせた倉沢と、不機嫌そうな真羅が入って来た。
素早く龍から離れ、椅子に座り直す。
見られてしまった恥ずかしさと、らしくない弱々しい姿を晒してしまった恥が…押し寄せてくる。
そんな俺を、嬉しそうに見つめる龍は…ちょっと顔が赤い。
『熱でもあるのか?』
〔ち、違うよ!暑いだけ!!〕
『ほー、そうかそうかー。』
「先生…」
『…お前ら、これからどうすんだ?』
〔これから…って?〕
『あー…』
龍の顔を見て、真羅は腕を組みながら悩んだ。
言いたい事を何となく察した…
俺は龍と住んでいた…けれど、記憶が無い今は真羅の家にいる。
元に戻るのか、それともこのまま離れて過ごすのか…それを聞きたいんだろう。
〔え?なになに?〕
[そうだな、いずれ分かるし……俺とお前は一緒に住んでた。]
〔…え…えっ!?〕
[うるせぇな…黙って聞けねぇのか。]
〔え、だって…だって!えええ?!〕
[…チッ…]
驚きを隠せない龍は、俺と倉沢…そして真羅を順に何度も見ている。
〔ゆ、勇間も真羅先生も知ってたの!?〕
『当たり前だろ…』
「ま、まぁ…ね。」
〔えぇぇえええっ!!〕
[話が進まねぇだろ!!黙れ!]
〔うぅ……これで付き合ってないとか、マジで俺ら何なの…〕
確かにそうなるよな…けど、俺が言い始めた事だ。
コイツが高校を卒業するまで、俺達の関係は変わらず居たい…
そんな我儘を言ったのだ。
大切にしたいからこそ…それを察して約束してくれた。
[で、だ……お前は俺の存在自体を、今さっきまで忘れてた。]
〔う、うん。〕
[だから俺は……っ…]
『………叶は、お前から離れた。自分が居ない方が、日下は幸せだからってな。』
その言葉を聞いて、俺の方を睨むようにして見つめた龍…
その視線から逃れつつ、余計な事を言った真羅を睨む。
〔なにそれそんなの勝手に決めんなよ…幸せか幸せじゃないか、とか…俺が決める事だろ?〕
『ほーら、言われてやんのー。』
「もー、先生!」
[テメェ…っ…]
茶化す真羅を軽く叩く倉沢…お前も苦労するな、なんて目を向ける。
が、今にも殴り掛かって来そうな龍の目と向き合った…
記憶が無いくせに…そんな顔するのかよ。
俺だって苦しかったのに…
〔戻って来るよね?〕
[…は?]
〔戻って来てよ、ちゃんと向き合わせてよ。〕
[……。]
俺の手を握り、強い眼差しを向けてくる…
嗚呼…お前は強いな…
[はぁ……]
〔溜息!?〕
[…向き合うよ、ちゃんと。お前が苦しんだ分…いやそれ以上に。]
手を握り返し、微笑む…
嬉しそうに頷いた龍が、眩しい。
俺は…この笑顔をずっと見られるだろうか…
〔叶先生、これからも宜しくね。〕
[……おう。]
チクリと胸を刺してく呼び名は、いつか慣れるだろう。
いつの間にか絆されて…こいつが思ってる以上に好きになっていたんだ。
お前にはまだ色々選択肢がある、それを俺が縛り付けている…
けど、この手を二度と離したくねぇんだ…
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 9