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第一話「推しに認知される」①
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好きな人がいる。
それは恋愛なんて浮ついたものではなく、ほとんど崇拝に近いモノ。彼が生きているだけで幸せで、存在が尊い。
彼はアイドルでも芸能人でもないけれど、俺にとっては家族よりも恋人よりも、ずっとずっと大切な存在だ。
現代、性別は男女の他にバース性と呼ばれるα、β、Ωの三種へと分類され、それによる差別が多くの社会問題を引き起こしている。
優秀なアルファと劣等なオメガ。
そのどちらにも属さない、中間に位置するベータ。
オメガは虐げられ、ぞんざいに扱われるのが当たり前。オメガに生まれた時点で、まともな人生は望めない。それが社会の常識だった。
しかし、ここ数年でそれは徐々に変わりつつある。オメガの政治家や会社経営者などが増えたことで、バース性による差別が問題視され始めた。
バース性を問わず豊かな暮らし、平等な雇用機会、能力に応じた給料や階級が与えられるべき。
その考えは徐々に社会に浸透し始めているが、実際には、まだまだ根強く差別は残っている。
─吉備 春彦(きび はるひこ)─
「立川さん。さっき頼んだ資料、大変だったらやっぱり」
「デスクに置いときました。」
最後まで言い切る前に、声をかけた相手は愛想笑いの一つもせずに、そう言ってすぐに俺から視線をそらした。
「……ありがとうございます」
あまりの無愛想さに、思わずキョトンとしてしまう。自分のデスクに戻ると、確かに頼んでいた資料がドンッと机の真ん中に置かれていた。
それどころか、順番が複雑過ぎて自分でやろうと思っていたホッチキス留めまで、理想通りの順になされている。
「相変わらず態度悪いですね、あの人」
心の中で一人感動を覚えていると、イスに座った俺に隣から同僚が話しかけてきた。
「え、ああ……まぁ?」
それにややテキトーに返しながら、手元の資料に視線を落とす。印象と違って、仕事は随分と丁寧だ。
きっと俺以外のヤツからも雑用を頼まれていただろうに、難なく一人でこなして来るのだから驚く。
「だからオメガの採用なんて嫌だったんですよ、俺」
そう言ってさっきまで俺がいた立川さんのデスクを睨む男は、緑色の社員証を首から提げている。
ふと、同じ方向に視線を送った。まるで見せしめのように、立川さんが首から提げる社員証は、赤いヒモだ。
バース性への差別が根強く残る社会では、オメガに対する風当たりは強い。かく言うこの会社でも、バース性によって社員証のヒモの色が分けられ、アルファである自分には青色が割り振られている。
「……そう、ですかね」
ボソッと呟くように言えば、ベータである同僚は訝しむように俺を見た。
「午後の会議の準備してきます」
その視線に気づかないフリをして、にっこりと笑って席を立つ。
無駄口を叩く暇があるなら、さっさと仕事を片付ければいいのに。
「あ、吉備さ〜ん! お疲れ様です〜」
会議室へと向かう廊下で、女性社員に捕まった。
ニコニコと笑みを浮かべ、無遠慮に近づいて来たかと思えば、わざとらしく腕を絡め胸を押し付けてくる。
鬱陶しい。
「お疲れ様です」
ニコリと微笑み返すと、彼女は嬉しそうに顔を赤くした。
「今日、いよいよプレゼンの日ですよね!? 応援してます!」
「どうも、頑張ります」
興奮気味に話しかけてくる女性社員の腕をやんわりと外しながら、薄っぺらい笑みを浮かべてみせる。
「吉備さんなら大丈夫ですよ! なんたって“アルファ”ですから!」
悪気なく言われた言葉に、イラッと不快な感覚を覚えた。
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