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第一話「推しに認知される」②
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「はは、それバースハラスメントですよ」
冗談めかして笑えば、釣られたように彼女も笑う。
「それでは。準備があるので失礼します」
「は〜い!」
早々にその場を離れ、コツコツと靴音を鳴らしながら会議室に向かう道を外れる。フロアに設置されたガラス張りの喫煙所に入れば、煙草の香りが染み付いた空間にどこか安堵を覚えた。
「ふぅ……」
火をつけた煙草を深く吸い込み、鬱憤を晴らすように煙を吐き出す。あと三十分もすれば、昼休憩に入り始めた社員でここは埋め尽くされるだろう。
壁にもたれかかり、ズボンのポケットに手を入れながら目を細める。
──優秀なアルファ。
言われ慣れた賛辞の言葉は、俺にとって耳障りなモノでしかない。
「はぁ……」
どいつもこいつも、アルファが生まれつき才能を持っているだなんて本気で思っているのか?
アルファと診断された時から、英語がペラペラに話せて、立案した企画書が全て会議で採用され、取引先との契約がスムーズに行えるようになるとでも思っているのなら、とんだ笑い話だ。
どれも努力して、自分で成し遂げてきた事に決まってる。
『お前はいいよな。“アルファ” なんだから』
就活を始める前、多くの企業から声がかかった俺に、ベータである友人はそう言った。
──アルファだから。
どんなに努力しても、できて当たり前だと思われる。
誰も俺の努力に、目を向けたりなどしない。
苛立ちをぶつけるように、短くなった煙草を灰皿に押し付ける。お昼が近づき、騒がしくなり始めた廊下に、憂鬱な気分のまま足を踏み出した。
─立川 直人(たちかわ なおと)─
「お前って、アルファ嫌いだよな」
「……え」
印刷し終わった書類の束を依頼主である男に手渡すと、特に親しくもない相手は、こちらを睨みながらそう言った。
「いえ、そんなこと……ないですけど」
突然の失礼な物言いに思わず眉間にシワを寄せ、睨み返すように相手を見る。
「やっぱアレ? オメガだから、本能的にアルファを警戒する的な」
馬鹿にするように下卑た笑みを浮かべた同じ部署の男に、殴りかかりそうになるのをぐっと堪えた。
「はは、それバーハラですよ」
わざとらしく笑ってみせれば、男は生意気だとでも言いたげな顔で、お礼の一つも言わずに立ち去って行った。
「チッ……」
近くに誰もいなくなったことを確認して、小さく舌打ちを鳴らす。
どいつもこいつも、オメガだのアルファだの馬鹿みたいだ。もう古いんだっての、その考え。
この会社に入社してはや三ヶ月。
与えられる仕事は、バイトにも出来そうな雑用ばかり。簡単な書類作成と同じ部署の社員たちの補佐がメインの仕事。
オメガだと蔑まれはするけど、前の会社のようにあからさまなイジメをされないだけ、少しはマシ。
ガタッと音を立てながら、コピー機の用紙を補充する。朝から便利屋のように仕事を押し付けられ、正直うんざりしていた。
昼休みに入り、部署内はほとんど無人だ。
俺もこれが終わったら、さっさと作ってきた弁当を食べながら休憩したい。
今日は午後から重要な会議があるらしく、社内にはどこかピリピリとした空気が流れていた。当然、重要な案件など任せてもらえない、オメガである自分には関係のない話だ。
「はぁ……」
手の中でぐしゃぐしゃとコピー用紙のゴミを丸めながら、首から提げた自分の社員証が目に入り、無意識にため息を吐いた。
オメガ。淫乱。すぐ発情するメス犬。
──社会のお荷物。
この赤いヒモを見るだけで、会社中の誰もがそういう目で俺を見る。
抑制剤やフェロモンの研究が進んだ現代では、オメガは決してそんな低俗なモノではない。
定期的に訪れる発情期だって、薬でコントロールできる。仕事だって普通にこなせる。この赤いヒモさえなければ、ベータの社員と何ら能力に変わりはない。
そんなことを俺一人が言ったところで、誰も味方なんてしてくれないわけだけど。
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