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第一話「推しに認知される」③
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憂鬱な気持ちで自分のデスクに戻ると、片付け終わったと思っていた机の上にメモがあった。
「は……?」
“午後の会議までに30部。ホッチキス留めも”
雑な字で殴り書かれた内容に、思わず机を殴りそうになる。
午後の会議までって、あと一時間もねぇじゃねーかよッ……。
数分前には、こんなもの絶対になかった。ただの嫌がらせだとしか思えない。
「クソがッ……」
俺が気づくのがもっと遅かったら、下手したら間に合っていないのにどうする気だったんだ。
メモの下に置かれた書類の束を手に取ると、意外と量があって少し焦る。
これ……間に合うか……?
近くに手伝ってくれそうな社員は誰もいない。考える暇もなく、一人でコピー機に駆け寄った。
「で、できたッ……」
急いで腕時計に目をやれば、会議まであと十分。
ここから会議室まで、急げば五分もかからない。
ギリギリセーフかッ……?
重たい紙の束を腕に抱え、飛び出すように廊下へ駆け出した。
「はぁッ……くそッ……」
目の前で閉まったエレベーターに、思わず口汚い言葉を吐き捨てる。
すぐ隣の非常階段の扉を肩で押し開け、一番上のフロアまで階段を駆け上がった。
────
「はぁッはぁッ、はぁ」
「遅ぇよ!」
酸欠で頭がズキズキと痛んで、足がガクガクと震える。会議室の前の廊下で待っていた男は、そう言って俺の手から書類を奪い取ると、慌ただしく会議室へと入って行った。
その背中に何か言い返す余裕もなく、壁にもたれながらズルズルと廊下の隅にしゃがみ込む。
「はぁッ、はぁはぁッ」
息をし過ぎて肺が裂けそうだ。
会議が始まったらしい廊下は、静まり返っていて誰もいない。そこに俺の荒い息遣いだけが響き渡った。
自分の胸元を手で押さえ、いつまで経っても整わない呼吸にシャツをギュッと握りしめる。
「はッはッ、は、は…」
だんだん息が短くなってきて、喉からヒューヒューと音が鳴り始めた。
しまったッ……。
元々、呼吸器系があまり強い方ではない。大人になった今では、特に症状なんて現れないが、さすがに重いものを持って階段を駆け上がるのは無理をし過ぎた。
しかも、急いでいたせいで、いつもは念の為に持ち歩いている発作用の吸入器をデスクに置いてきてしまっている。
苦しくて閉じられない口の端から、唾液がポタポタと垂れる。ほとんどパニックになった頭で、必死に落ち着こうと「は、はッ…」と何度も息を吐き出した。
「え、大丈夫……?」
廊下に座り込む俺の前に、不意に誰かがしゃがんだ。顔を上げる余裕がなくて、何も応えられずにいると、ヨシヨシと背中をさすられる。
「落ち着いて。薬とかある?」
穏やかな声でそう問われ、フルフルと首を横に振った。
「はぁッ、ぁぐ…はっ、は……」
その間もずっと息が苦しくて、喘ぐように呼吸を繰り返す。
「……ちょっとごめんね」
「は…ぁ、ン゛……ッ!?」
突然、何かに口を塞がれ、グッと顔を上げさせられた。大きな手に口と鼻をぴったりと覆われて、目の前に見知った男の顔が広がった。
「ッ…、ッ……」
元々うるさかった心臓が、壊れそうなほどバクバクと暴れ出す。息が出来ない苦しさに、反射的にその手を上から掴んだ。
涙がボタボタと落ちて、口を覆う手の上を伝い落ちていく。だんだん目の前が白くなり、グラッと視界が傾いた。
「……ッ、ふはッ…!」
口から手を離され、大きく息を吸い込む。離れていく手と唇の間で、自分の唾液が糸を引くのが見えた。
「はぁ…はぁ……はぁ……」
肩を上下に揺らしながら、足りなかった酸素を補うように何度も呼吸を繰り返す。
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