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第二話「推しの押しが強い」⑩
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「………ケホッ」
流れてきた煙に小さくむせた。重たい身体をノロノロと横に向け、手で口を押さえる。
「……ケホッケホッ」
何度か咳き込んで、すぐ落ち着いた。
「大丈夫?」
声をかけられそっちへ顔を向けると、吉備さんがタバコを消して心配そうに俺を見ていた。
「だ、大丈夫です…すみませんッ……」
言いながら、吸い始めたばかりだったのに気を遣わせてしまったと申し訳なくなる。
「タバコ苦手?」
「……ちょ、ちょっとだけ」
裸なのが恥ずかしくて、小さく身体を丸めボソボソと言葉を紡ぐ。
バレないようにそっと自分の陰部を手で隠していると、突然吉備さんが立ち上がった。
徐ろに自分が脱ぎ捨てたスーツのポケットをゴソゴソと漁り、タバコの箱を取り出したかと思えば、突然それをゴミ箱に投げ入れた。
「え!?」
びっくりして固まっていると、棚の上にあったタバコも箱ごと全てゴミ箱に捨ててしまう。
「な、何してるんですかッ?」
思いもよらない行動に困惑していると、吉備さんは倒れ込むようにベッドに横になった。
「わっ……」
ぎゅっと抱きしめられ、思わず声を漏らす。肌が直接触れ合う感触に、顔が熱くなった。
「タバコやめる」
グッと顔を近づけて言われ、ドキドキと心臓が早くなる。
「え、あ……な、なんでですか…?」
ついさっきまでそういうことをしていたんだと思うと、面と向かって話しをするのが恥ずかしくて堪らない。必死に顔をそらして赤い顔を隠した。
「もう必要ないから」
微笑みながら言われてもよくわからなくて、小さく首を傾げる。何も言わずに言葉の意味を考えていると、グイッと上を向かされた。
「一緒に住まない?」
急な提案に目を見開く。至近距離で吉備さんと目が合って、思わず「え゛」と口を開けたまま固まった。
「会社辞めると会える時間減るし、一緒に住んだ方が確実に会えていいでしょ」
ニコッと笑いながら言われても、状況をうまく呑み込めない。
「え……か、会社やめるってなんですか……?」
少し間をあけてやっとそれだけ聞き返すと、逆に不思議そうな目を向けられた。
「え? 襲われたんじゃないの? そんなヤツらが居るところ、もう行きたくないでしょ?」
目をパチパチとさせながら言われ、気まずくて顔をそらす。
「そ、そうですけど。俺は辞めるつもりは……吉備さんと会えなくなるし……」
待った。俺いま一緒に住もうって言われた……?
ボソボソと返しながら頭の中で一拍遅れて動揺していると、不意に上から笑い声が聞こえてきた。恐る恐る見上げた先に、目を細めておかしそうに笑う吉備さんがいた。
「なにその考え方。レイプされたことより、俺に会えるかどうかが重要?」
クスクスと笑われ、ドキッと心臓が跳ねる。
「え、あ……いやその……」
すぐに目をそらし、誤魔化すように吉備さんの胸元をじっと見つめる。ふと肩のところに赤いものが見えて、一気に血の気が引いた。
「ぁ、ぁ……ごめんなさいッ……」
あわあわと唇を震わせながらそこを指さすと、その手を優しく掴まれた。
「大丈夫だよ。むしろ嬉しいくらい」
吉備さんの肩に、自分の歯形がハッキリと残っていた。幸い血は止まっているけれど、申し訳なさに泣きそうになる。
吉備さんは言葉通り嬉しそうに笑ったまま、俺の指にちゅっと何度も唇を押し当ててきた。
「会社辞めて専業主夫になってよ。俺、なおちゃんにご飯作って、毎日帰り待っててほしいんだけど」
「ッ…………」
反対の手で吉備さんにあごを取られ、縫い付けられたように視線が逸らせなくなった。込み上げる涙が止められなくて、ボタボタと目から溢れ出す。
「ね? なおちゃん、そうしよう?」
唇で優しくその涙を拭われながら、嗚咽で声が出せない。
「ッ……、ッ………」
気づけば何度もうなずいていた。コクコクと首を縦に振るたび、余計に涙が出てくる。
──俺いま、世界で一番幸せだ。
唇にキスをされ、ぎゅっと吉備さんの手を握り返す。さっきまでの寂しい気持ちなんて少しもなくて、胸を満たす幸せな気持ちに心臓が脈打った。
この人がそばにいてくれるなら、他に欲しいものなんてない。
優しいキスは、少しだけタバコの味がして苦かった。
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