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第三話「推しが好き過ぎてつらい」①
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吉備さんを推し始めてから、俺の人生はかなり幸福度が高い。
最初は画面越しに見てるだけで良かったはずのに、気づけば同じ会社に就職して、直接話すまでになった。
好きだったけど、別に初めから恋人になりたいなんて愚かなことを考えていたわけじゃない。恋愛とは違う、信仰に近い一方的な気持ち。周りから見たら気持ちの悪いただのストーカー。
それなのに何故か付き合うことになって、会社まで辞めて一緒に住むことになった。
最初は毎日動悸がするくらい、推しのいる生活は刺激が強かった。でも、慣れというのは不思議なもので、今ではすっかりそれも当たり前の生活になっている。
それこそ、“不満” なんて感情を抱いてしまうくらいに。
「もういいッ! きびちゃんのばか!」
バンッとテーブルに手を付き、イスを引いて立ち上がる。携帯をいじっていたきびちゃんは、俺がそんな事をしても少しもこっちを見てはくれなかった。
「う゛〜……くっそぉ……」
勢い余って外へと飛び出してきてしまい、上着も財布もない。唯一ポケットに入っていた携帯電話を握りしめ、玄関を出てすぐのところにしゃがみ込んだ。
「むかつく……」
自分の膝を抱くようにうずくまって、地面に視線を落とす。
腹を立てているのは、きびちゃんが俺の知らない誰かと連絡を取り合っていることに対してだ。
浮気されたのかと言われれば、別にそういうのじゃない。仕事関係とか友達とか、そういう相手と連絡をしているだけ。
でも、仕事や友達だとしても、せっかくの休みの日に何時間も携帯ばかり見ていられると、昨日から家事を前倒しで終わらせて、一緒にいられるのを楽しみにしていた俺としてはだいぶムカつく。
「もうやだ……」
自分の顔を両手で覆い、泣きそうになるのを堪える。
なんでこんなにモテる人を好きになってしまったんだろう。ただ見てるだけで良かったはずなのに。『好き』だと言ってもらえて、今では嫉妬なんてものをするくらいには調子に乗ってしまっている。
「……好き過ぎてつらい」
心臓が苦しくて、誰もいない夕暮れの中で小さく呟く。顔を上げると、リビングの明かりがついているのが見えた。きっと俺が出ていったあとも、きびちゃんは変わらず携帯をいじっているんだろう。
「はぁ……」
どうしよ。夜ご飯の用意してあったのにな……。
憂鬱な気持ちで重いため息を吐き出す。
吹き抜ける風が冷たくて、小さく身体が震えた。携帯を開くと、待ち受け画面に設定しているきびちゃんの写真と目が合って、胸がチクッと痛くなった。
こんなに好きなのに、それはきっと俺だけなんだ……。
「…………あ」
見惚れるように待ち受け画面を眺めていると、不意に通知が表示された。
『吉備:どこ』
たった二文字の言葉に、馬鹿みたいにときめいてしまう自分がいる。少し迷ってから、ぽちぽちと返事を打った。
『外』
自分だけがこんなに余裕がないのが悔しくて、無愛想に何もつけずにそれだけ返す。すぐに既読の文字がついた。同時にガチャッと音が聞こえて、顔を上げると玄関のドアが開いていた。
「……何やってんの」
呆れた顔をしてきびちゃんが出てくる。手には俺の上着を持っていて、どうやら俺が返事をする前から、探しに行こうとしてくれていたみたいだった。
「………なんでもない」
うつむきながら、すぐ目の前に立ったきびちゃんの足を視界に捉える。不安で泣きそうだった。
めんどくさいやつって思われたかな……。
沈んでいく気持ちと一緒に、よくない考えばかりが浮かぶ。
さすがに嫌われたかも。フラれたらどうしよう……。
「ほら」
フワッと肩に上着をかけられ、寒さが一気に和らいだ。情けない顔をしてる自覚はあったけど、予想外に優しい声音に驚いて顔を上げる。
そんな俺に応えるように、きびちゃんが目の前にしゃがんだ。グッと近くなった距離に、思わず心臓が跳ねてしまう。
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