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ベーコンオニオンロール
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楽しみにしていたルカとの外出は、ひたすらに小説を書いていたら意外と早くやってきた。
今日は、駅で待ち合わせだ。そこから無計画にぶらついても、ルカとなら楽しくなるという確信があった。
「ごめん、待たせたね。」
と、ルカがやってきた。
「別に待ってないよ。」
本当に、あっという間だった。
俺たちは二人並んで歩き出した。
「どこ行きたい?」
ルカが聞くから、
「メシ食って遊園地。で、その後ルカんちに行きたい。」
この前の小説の感想が、ゆっくり聞きたかったし、積もる話もあった。
ルカが一人暮らしだと聞いて、少し羨ましくて、住んでいるところを見てみたいと思ったのもある。
だが、ルカは存外、家に俺が寄ることを渋った。
「まだ片付いてないから」と言う。
「俺相手にそんなこと、気にすることないだろ」と言っても、あまり良い顔をしなかった。
何か訳があるのだろう。少しだけ、ルカが俺に秘密を持っていることを嫌だと思った。
・・何だろう、この気持ちは。
今日は、俺もルカもめいっぱい楽しむために集まったんだ、と思い、俺は、そんな気持ちは忘れることにした。
「じゃあ、遊園地に行こう。」
とルカは言う。
高校生の時、俺たちはよく遊園地へ行ったものだった。
お気に入りのテーマパークの夢のような雰囲気は、俺たち文芸部の創作妄想を掻き立てた。また、あの頃の青春時代の続きを遊べるような気がして、俺は嬉しかった。
「メシは?」
と聞くと、
「途中でなんか探そう。」
と返される。
二人で電車に乗り込むと、運よく座れた。暫くして、ルカがイヤホンを片耳だけ差し出してきた。
「なんか、ハルの小説のイメージにぴったりな曲。」
聴いてみるとちょっと民族っぽい音楽で、確かに俺の作品っぽい気がした。
ルカは、隣でルカは、もう片方のイヤホンから音楽を聴いている。
しばらく外を眺めていると、ルカがそっと話しかけてきた。
「あの小説に出てくる女の子たちの名前ってさ・・・この前のカステラ・シャーベットから取ってるでしょ。」
「ばれたか・・・」
「ステラがカステラ、アルドがカスタード、ラズはラズベリー、で合ってる?」
俺が書いた作品は、未来の世界で人類がゆっくりと滅亡していく世紀末の世界を、三人の女の子が旅する話だった。
俺は作品を書いていて、楽しかった。
国や法律がない世界で、彼女たちと一緒に、怖い目にも遭ったし、親切な人にも出会えたし、不思議な光景や楽しいことにも出会った。
ただ、この作品が他人にとって面白いかとなると、自信がなかった。
ルカは、俺が書いた世界を旅して、楽しんでくれたのだろうか。
「あれ、捨てるつもりだったんだろ。僕は良い作品だと思うし、続きが気になるけどなぁ。」
「なんか、ありえない気がしたんだよ。リアルじゃないだろ、女の子三人で無法地帯を旅するのとか。あと、なんかわかんなくなっちゃってさ、読者が何を読みたいのか、とか。」
「SFなんだから、リアルばっか考えなくて良いと思うけどね。相変わらず、頭が固いんだから。」
「そういうルカは夢見すぎだけどな。」
と言いつつも、どっちが夢見がちなんだか。ルカはちゃんと就職もしていて、俺は小説ばっかり書いている。
でも、ルカは小説についてだけいうなら、確実に夢見がちだった。
ルカが書く世界は優しい人しかいなくて、いつもハッピーエンドで、ゴシックホラーやクトゥルフを題材にしているくせに、妙にハートフルな話が多かった。しかも、それが妙にベースの世界観と合っていた。
「前も言ったけどさ、作者がある程度楽しんで書かないと、そういうのってばれるんじゃないかな。」
今のハルって、ちょっと窮屈そうだよね、とルカは言った。
「最初に賞を受賞した時なんて、ハルは読者置いてけぼりの自分が書きたいものしか書いてない作品書いてたと、僕は思うけどね。」
「エッ、結構考えて書いてたけどな。俺の書いてることが伝わりやすいように、って。」
「うん、そこは考えてたんだろうけど、伝えたいことは伝えたいこととしてあったじゃん?今は、何が受けるのか、考えすぎてるみたい。」
ルカは、ぼんやりしているようでも結構鋭い。
「実は、最近、何かを面白がれない自分がいるんだ。以前はもっと、自分が面白いと思うことをひとに伝えたくて、創作していた気がする。
でも今は、賞を取ることが目標になってしまっていて、書くのが前よりも辛い。」
変に悩みすぎてしまう、と、素直に言える。
「ハル、難しいことだと思うけど、自分を信じて良いと思うよ。他人の評価を気にしすぎちゃよくないと思う。」
「・・・ん。・・・それが出来れば良いんだけど・・・」
結構本格的な指導をもらってしまい、俺は少し驚いた。でも、少しすっきりもしていた。自分を支持してくれる人がいると、心が落ち着く。ルカが隣にいてくれて、ありがたいと思う。
「ああ、そうだ。次の駅で降りよう。ハルに食べさせたい料理があるんだ。」
ルカに促されるままについて行くと、駅から降りて少し歩いたところに、喫茶店があるのが見えた。
カランカラン、と店の扉に付いた鈴が鳴る。
店内は涼しくて、人はまばらだった。
気取らないけど、こじんまりした雰囲気で居心地が良い。
「何を食べさせてくれるんだ、楽しみだ。」
座ってメニューを開く。
ルカは、メニューからひとつの料理を指差した。
「ここのパンは全部美味しいけど、これが特に美味しいんだ。」
ルカが指差したのは、ベーコンオニオンロールだった。
注文を終え、俺たちは高校時代の話をした。
「他の文芸部の連中って、会った?」
「いや、最近会ってない。ハルくらいだよ、会ってるの。」
「みんなまだ小説を書いてるのかな。」
「また集まりたいよね。」
顧問の話や、文芸部で一緒だった憧れの先輩の話。ルカとなら黙っていても全然苦にならないが、この日は話に花が咲いた。
そうやって話をしているうちに、香ばしい匂いがし始めた。
ぴりりとしたオニオンの匂いに、とろけるようなベーコンとチーズの匂い。
「これは確かに、いいな。」と俺が言うと、
「ここは量も多くてさ。今日は目いっぱい遊ぶから、腹ごしらえしとこう。」
おごりじゃないけど、召し上がれ、と、ハルは茶目っ気たっぷりに言う。
そうこうしているうちにコーヒーが先にやってきた。その匂いとコーヒーの温かな匂いが混ざり合い、不思議な感覚に包まれる。もうすぐ食べれるんだな、という期待。ルカも同じ気持ちなんだろうか、と顔を見ていると、ルカは恥ずかしそうに目を伏せた。
「なんか、食べ物ってさ、どんな人でも、目の前にすると同じような反応するじゃん。不思議だよな。」
俺はルカに恥ずかしがらせてしまって、場を繋ぐために話を紡いだ。
「そういえば、怪物ってテーマで、文芸部のみんなで短編を書いたろ、俺、びっくりしたんだ、同じテーマでも切り口の違いでいろんな話が出来るんだって。」
ルカのまつげがこちらを向く。柔らかそうなまつげが日の光を受け、少し茶色っぽく見えた。
「俺、あの時にルカが書いた小説、今でもなんだろうって考えてる。」
ルカの作品は印象的だった。ルカは、怪物になってしまった男の話を、男の一人称で書いた。
男は、怪物になってしまった自分を悟られないように生きる。別に有害な怪物なわけじゃない。でも、人間は自分と違う姿のものをひどく恐れるから。だから、男は本当の自分を隠して生きるという話だった。
「あの小説の男も、このパンを目の前にしたら他の人間とそう変わらない反応をするんだろうな。」
俺たちは、書いた作品を批評しあっていたし、なぜそんな作品を書いたのか、影響を受けた話や体験の話もしょっちゅうしていた。でも、この作品についてだけは、ルカはあまり核心の話をしたがらなかった。それがあの小説の印象を深めている原因の一つでもあるのかも知れない。
「・・・どんな小説だったかな。よく覚えてないんだ。」
ルカがコーヒーをすする。昔の小説の話をされて、少し恥ずかしいのだろうか。あの男は、最後どうなったのだったっけ。
料理がやってきた。
お待ちかねのメインの登場で、ルカのはじらいも多少和らいだ。
・・・ほら、やっぱり、どんな価値観を持っていても、どんな気分でも、美味しい食べ物の前では人は少し幸福になる。それは、どんな人間も代わらない事実なんだ。
今度、小説の中でも料理を出したいと思った。今まで料理を詳しく書いたことはなかったが、結構面白くなるのかも知れない。
「ちょっとコショウを掛けていただく、これが美味しいんだ」
とルカはテーブルの上の粗挽きコショウを取り、少し掛けてからかじった。
俺も真似をして掛けてみる。コショウでチーズの匂いが引き立った。
口の中で唾液が出る。旨そう。
一口かじるとピザ生地より柔らかいパンが香ばしくて、俺は思わず口に出して旨いと言った。
「うまい。」
その言葉に、ルカがニッコリと笑う。
「でしょ。」
満腹になって俺たちは店を出た。
「最初何乗ろうか。」
ルカはスマホでテーマパークの情報を調べ始める。
「ぐるぐる回らないやつ。」と俺は言う。ちょっと食べたものの量が多すぎて、切実にそう思っていた。
「じゃあ、ゆっくり進むやつにしよっか。ほら、あの人形の。」
人形が動くのをゴンドラの上から見るアトラクションを言ってるらしかった。
「いいね。」と同意して、ぼんやりと窓の外を見る。二人でテーマパークに行くのは初めてだと気付いた。
「そういやルカって、一番好きなアトラクションはどれなんだ?」
「何だろう・・・・ジェットコースター系は苦手かな…」
「え?じゃあジェットコースター乗るか?」
「意地悪。」
他愛ない会話が続く。
「ハルは?」
「えー?やっぱ、スチパンみたいなやつ。」
テーマパークはいくつかのエリアに別れていて、それぞれテーマがある。俺はやっぱり、ジュール・ヴェルヌの世界観が好きだった。歯車やメカ、謎めいた実験器具とか、科学の進歩と人間の体に沿ったぬくもりや曲線美を感じる舞台装置に魅かれる。
「全然変わらないねぇ、ハルって。」
ルカは感心半分、呆れ半分みたいな溜息をつく。
「そんなに俺って変わらないか。」
「うん。だから、多分ハルは作家になれるよ。」
しつこいくらい一つのものを書かなくちゃ、作家になれないでしょ、と言うのが、ルカの持論だった。
「ハルの作品って表面的には変わっても、実はあんまり変わってないところ、あるよね。そういうところにちょっと安心するんだ。読んでて。」
「ずいぶん誉めるな。」
「本気で思ってるから。その点、僕なんかは多分、作家になるのは無理だと思うな。」
俺はルカがいてくれて、本気でありがたいと思った。いつかのファンレターが俺の心を支えているように、作品を作る人間にとっては理解者とか賛同してくれる人間の存在は、本当にありがたい。
「ルカ、甘やかしてくれるな、だめになる。」
俺は照れ隠しに、軽くルカに体当たりした。
電車から降りると、日差しがまぶしかった。のどかな初夏の景色は行きかう人々の服装もカラフルで、完璧な休日、という言葉が似合った。
「コーヒーカップ乗ろう。」とルカがおどけて引っ張るから、
「やめろ、お前のパーカのフードに吐くぞ。」と俺も引っ張り返す。
「それは勘弁して・・・じゃあ、スチパンゾーンへ行こうか。」
二人で色々なアトラクションに乗った。
俺はやっぱり、スチパンゾーンが一番楽しかった。
ルカはわりと何でも楽しんでいるみたいで、その様子も面白いと思った。
結局コーヒーカップにも乗った。
最初は遠慮がちに回していたコーヒーカップは、ルカがふざけて回し始めて、俺がそれに負けじとぐるぐる回し出して、更にルカが、と言う感じで、どんどん加速した。こんなに大人気ないことをしたのは久しぶりで、二人でげらげら笑った。
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