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チューイングガム
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ルカを見ていると、さっきまでのことが嘘みたいに落ち着いた。
視覚で相手の雰囲気が確認できることは、とても大切なことなのだと思った。
さっきのは白昼夢、自分にそう言い聞かせることにした。
どこかでそうじゃないんじゃないかと思う自分もいる。でも、そうだとしたらそれは普通なことじゃないし、ルカを傷付けることなのではないかと思う。
「この観覧車、すごいでっかい!」
はしゃぐルカの声は耳に涼しい。初夏とはいえ日中は暑くて、半袖シャツの中で俺はじっとりと汗をかいていた。
「これ、俺たちが高校生の頃はなかったもんな。」
並びながら、俺たちはいろんな話をした。
隣の離れた行列の人たちの中で誰が一番「田中」という姓が似合いそうか、とか、最近読んだ本で感動したものの話とか、はまってるゲームやドラマの話とか、他愛のない話だった。
そうこうするうちに俺たちが乗り込んで良いゴンドラの番が回ってきて、いよいよ観覧車に乗り込んだ。
ルカが乗り、次に俺が乗る。うっかり揺らしてしまい、ルカがびくっとした。
「ごめん、」俺が謝ると、ルカは俺にしがみついてきた。
「わ・・・、観覧車ってどうして、離陸する時恐いんだろう。」
俺は答えた。
「慣性の法則っていうのがあってさ、物体は静止してるものはそうしつづけるし、動いてるものは動き続ける。心にも慣性の法則があって、ルカは今まで空中なんて進んだことなかったから、空中に進むのが恐く感じるんじゃないか。」
「・・・・ハル、今何も考えずにしゃべってるでしょ。」
俺は、何も考えていないとどうしても話し方が説明的になってしまうのを、ルカは知っている。
「簡単に言うと、慣れてないことをするのは恐いってことだよ。」
俺は、言いたいことを整理して簡潔に答えた。
「・・・それは、そうかも。・・・」
ルカは、何か考え込んでいるみたいだった。
沈黙が続く。ルカが何を考え込んでいるのか、俺にはわからなかった。
真顔のルカは、思っていたより顔立ちが整っていて、整いすぎていて、少し怖い。いつも柔らかい表情なだけに、表情がすべて落ちた時の雰囲気と、ギャップがあった。
「なんかルカが怖いんだけど。」
素直に口に出して言うと、ルカは目を見開いて、驚いたようだった。
「え?・・・あ、そうだった?別に、怒ったりとかはしてないんだけど。」
「わかってる。でもお前真顔だと、ちょっと迫力あるのな。」
「ごめん・・・」
恥ずかしそうにうつむくルカは、いつもどおりの顔つきだ。
何が、ルカにさっきの表情をさせたのか、俺は知りたいと思った。
「なんか悩んでるの?」
と聞いてみると、ルカは一瞬迷ったような表情になった。
「・・・聞いてくれる・・・?」
「うん。」
ルカにあんな表情をさせることなのだから、聞かないといけないと思った。
「実は・・…、好きな人がいるんだ。」
ルカに好きな人がいる。
雷に打たれたような衝撃だった。何だ、どうしてこんなに動揺してる、俺は。
ルカは、俺の様子を見ながら言葉を継いだ。
「ハルは知らない人だ…ッ。・・・相手は、きっと僕のこと、友達としか思ってない。」
「・・・・へぇー、そうなんだ。・・・」
俺は無感動を装う。いや、これはこれで不自然だろ、どうやるんだ、「友達に恋愛相談をされたときの反応」って。
「僕、その子と仲は良いんだけどね・・・でも、友達としか見られてないというか・・・」
「うん」
俺の内心の動転はうまく隠せたのか、ルカは続けた。恥ずかしいのか、目を伏せて、頬を染めて。誰なんだよ、ルカにこんな表情をさせるやつは。
「僕自身、友達の距離感が心地よくて、今のままでも良いかな、と思うこともあるんだ。・・・・でも、のんびりしてる間に他の人に取られたりしたら、きっと後悔すると思う。」
「うん」
ルカの働く喫茶店にいた女子店員を思い浮かべる。あ、だめだ、あんまり覚えてない。
でも誰であれ、釣り合わない、と思った。ルカはこんなに良いやつなんだ。優しくて、包容力があって、恐がりで、でも、芯は強いんだ。ルカの周りにいる女の子のことなんてわからないけれど、本当に良い子じゃなければ、許せない、なんて。
「どうしたらいいんだろうね。慣性の法則じゃないけど、友達のまま、変化を恐がってるんだ、僕は。」
・・・恐がってろ、そのまま、留まれ。
そう頭の中で呟き、そして、どうしてそんなことを考えてしまうのかわからなくて、俺は戸惑う。
「・・・難しく考えすぎじゃないか。」
俺は、かろうじて何とか友達らしいことを言えた。何で嫉妬しているんだろう。友達を誰かに取られるのがさびしいから?自分でも思いがけない激情に、鼓動がバクバクする。
「・・・今度その子とあったら・・・告白してみる。」
もう、ずいぶん長い恋なんだ、と、ルカはへにゃっと笑った。その顔は少しすっきりしたように見えて、俺はまた胸がズキッとする。
そっか。
次に会った時、ルカは変わってしまってるかもしれないんだな。それどころか、俺の知らないうちにルカの心の中には、俺よりも大切な人が出来ていたんだ。そう思うと、息が苦しい。
観覧車はほぼ真上に昇っていた。そこから見える夕暮れの景色は、泣きたいくらいに美しかった。俺は、勝手に何かの終わりを予感していた。
「ルカ・・・」意味もなく呼び掛けて、
「何?」と聞かれ、
いや、気の迷いだ。だめだ、動くな。
友情か、それ以外の気持ちなのか、もうわからなかった。けれど俺は、それをしなかった。
それは、ルカを傷つけるようなことだから。・・・違う、違うんだ、それをやってしまって拒否されたら、傷付くのは自分だから。俺は臆病だから。だから、こうやって気持ちを抑えている。
「そうだ、ハル。」
と、ルカが何かを差し出してきた。それはガムだった。
「・・・ありがとう・・」と受け取る。銀の紙を剥ぎ取って口に入れると、苦い味がした。俺はその味を噛み締めた。
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