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「く、っ…ふっ…」
ひとしきり、溢れる涙を流し切ったら、目の前の男の胸に縋っているという現実が、急に冷えた頭に入ってきた。
「っ…!」
「ふはっ、なんだ、急にどうした」
ドンッと胸に腕を突っ張り、身体を押し離した私に、男の眇められた面白そうな視線が向く。
「まだ殊勝に泣いていてくれてもよかったのに」
「っ…だ、れがっ、きさまになどっ…」
そうだ、絆されるな。
のらりくらりと捉えどころのない男だけれど、この男が国王や王宮のみんなを大量に虐殺したというのは事実なのだ。
「きさまは、我が仇っ…」
たとえ革命が正しかろうと多くの民意だろうと、私の両親と王宮のみんなは、この男が先導する革命軍に殺されたのだ。
「私を生かしたこと、後悔しろっ…」
なんの気まぐれか、囲って慰み者にでもしようと考えたか。はたまた新国家の団結のため、民たちの前で元王子と名のつく私を拷問にかけ嬲り殺しにでもするためか。
理由はわからなくても、私は生かされた。
生かされたからには、元王族と王宮のみんなの仇、この男から討ち取るのが私の務めだ。
「死ねっ…」
ガシャッと、両手に嵌められた枷と枷の間は都合良く頑丈そうな鎖で、両手を広げ、それをピンと張れば、そこそこに使える武器となる。
「っ…」
男の喉元を狙い、鎖を押し付け、巻き付けようと飛びかかった。
けれどもその攻撃は、素早い男の一瞬の身のこなしで、スカッと不発に終わった。
「なっ…」
「ふはっ、さすが王子様。勇ましい」
「だから、私はもう王子では…避けるな!」
「いやいやいや、普通殺されに来たら避けるでしょ。おっかないなぁ」
ひょいっと肩を竦めて、ケラケラと笑う男の声が不快だった。
「私を生かしたのはきさまだ」
「あ〜、名前、名乗ったよな?」
「私を生かせば、恨み、憎しみに、命を狙われることなど分かっていたはずだ!」
殺されなければならなかった命があることは分かっている。
だけど殺されなくてもよかった命もたくさんそこにはあったのだ。
「ふはっ、まぁなぁ、恨まれることくらいは覚悟していたさ」
「ならば神妙に…」
「でもそれとこれとは別だろう?」
「はっ?」
何を言い出すかと思えば。
「恨まれるのは分かっていても、だからハイそうですかとみすみす殺されてやるというのは違う」
「きさま…」
「だから悠牙」
「きさまっ…」
「ほ〜んと、聞き分けがないね」
「っ、離せっ…」
「くははっ…」
「な、んだ…」
「勇ましい、その目だ、その目」
「な、にを…」
ガシャリと重い手枷ごと、両手を捕らえた男が笑う。
「恨めばいいさ。憎めばいい」
「な、に…」
「恨みや憎しみは力になる」
「っ…」
「生きるための力になる」
グィッと両手を引き寄せられ、やはり整った顔立ちだ、と思う男の貌が目の前に迫る。
「おまえは生きろ」
「き、さま…」
「生きるんだ」
「っん…」
まただ。
また塞がれる。
ぐんと迫った男の美貌が、焦点がぶれるほどに近づいて、ぬるりと熱い唇が、私の唇を覆い隠した。
「んっ、ん〜っ…」
だから、この拷問は…。
命を狙った罰なのか。
苦しい…。
「ふっ、だから、鼻で息をしろってば…」
「んっ、ん…ん」
あぁ、意識が遠ざかる…。
「っ、ん…」
父上…。母上…。みんな…。
暗く沈んでいく視界の中に、それでも穏やかに過ごしていた頃の景色が甦る。
緩やかに微笑むみなの顔が。
あぁ、だけど、ごめんなさい…。
無力なこの手がなし得たものは、結局何1つありはしなかった。
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