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一歩入ったところで、ゾワッとする憎悪の空気と、針のむしろのような視線に震える唇を噛み締めた。
そうだ。私はここにいる者たちを圧政で苦しめた前国王の子。
「っ…」
恨みを買っていて当然だと思う。
前国王が滅んだからといって、元王族の私に許しが与えられる日など来るわけがない。
ましてや唯一の生き残りなのだ。その恨みつらみ憎しみは、私に一身に注がれるだろう。
だから言ったのだ。
この私に食事など。
思わず隣の男を見上げるように見たら、くはっ、と笑われ、髪をくしゃくしゃにされた。
「悠牙様」
「くっ、分かっている。それにしてもおまえ、様付けはよせ、様付けは」
「国王陛下ですので」
「そう変わるかねぇ?元同志」
あぁ、やっぱりお仲間か。
男に傅くように接する側近のようなこの男も、周囲に立つ幹部クラスの男たちや近衛兵のような男たちも。
「ご自覚を持たれて下さい。お席はこちらです」
ここはとりあえずの食事室なのだろう。
大きなテーブルこそあるが、周りの調度品が驚くほどに合っていない。
「はいはい。で、彩貴の席は?」
男が私の名を口にした瞬間、さらなる憎しみの視線に晒された。
「………こちらです」
いかにも嫌々そうに示されたのは、男が導かれた席から見たら1番遠い、末席中の末席だ。
「はぁっ?隣にしろ。隣に」
遠すぎるじゃないか、と文句を垂れる男が、ズンズンと私の場所だと言われたところに置かれていた椅子を持ちに向かってしまった。
「おいっ、きさま…」
だから、この者たちの神経をこれ以上逆撫でするな、というつもりで呼びかけた声に、男たちみんなが殺気立った。
「あ…」
そうだ。この男は革命軍のリーダーで、今は新国王陛下だった。
「へ、陛下…」
くそっ、呼び慣れないそんな名など、口にしてやりたくはない。
それでも必死で呼び直せば、男がくるりとこちらを振り返って、ニッと笑った。
「不合格。悠牙だって言ってるだろ」
「………」
だから、この周りの男たちの前で、名を呼び捨てなど出来るはずがない。
「きさまはっ、何も、分かっていない!」
そもそも、何故この男だけが、私を普通に1個人として扱うのか。
そういえばあのときもそうだった。
王宮が死神たちに踏み荒らされたあの日のあの惨状の中。恨み、憎しみ、王族への嫌悪と憎悪の感情に満ちた数々の視線や空気の中、この男の目だけは違った。
憎しみも恨みもない、静かで真っ直ぐな目をしていた。
思えば父の首の斬り口は、甚振ることも苦しみも、考えられないような綺麗な一太刀で斬られていた。
母の命を奪った剣も、心臓をひと突きで苦しませなかったのだろうというのを感じた。
「っ…」
いや、違う。
見誤るな。
あれはただ、殺すことを躊躇わなかったゆえの太刀筋だ。
わずかも躊躇わず刃を振るったからの、冷徹な殺戮者の証。
「っ、私はここでいい!」
そうだ。みなが望むのは、私が惨めに這いつくばって奴隷のように生きること。
父が、前王が、権力や富に任せて民たちをそうして虐げたように。
「食事など…っ。残り物の餌でいいっ」
家畜に与えるようなもので十分だ。
父は、そうして民たちから吸い上げた金銭や穀で、優雅な食事を欲しいままにしていた。
床に膝をつき、手も使わずに犬のように食べればいい。
みんながそう望んでいる。
男も、私を気遣うような振りをして本当は…。
「はぁっ。分かった。ここにしろ」
せめて床はやめてくれ、と、男が私のもとに戻り、跪いた身体を引き立たせる。
「遠いのは我慢してやるか」
私を末席の椅子に無理矢理座らせてから、自分は男のために用意された席に向かっていく。
「っ…」
絆されるな。
男がこうして私を座席につかせたのは、周りの男たちからの恨みつらみを私に向かわせるためだ。
元王族の私をスケープゴートに、男たちの鬱憤を晴らさせてやるために置いた。
「っ…」
絆されるな。
男は私の憎むべき仇だ。
男に座らされた席につき、運ばれる食事に仕方なく手をつけながら、私は食事用のナイフを1つ、するりと衣の陰に隠して持ち出した。
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