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「んっ…」
はぁっ…ここに来て、このような意識の浮上を感じるのは何度目か。
「毎度毎度あの男は…」
人の意識を落とす真似ばかり。
「あれ…?」
それで、その男はどこへ行った。
「悠牙…?」
ぐるりと見回した室内に、悠牙の姿がない。
私はソファーにうつ伏せで寝かされたまま、1人放置されている。
「はぁっ、っ?!ったぁ…」
ごそりと身動いで、のそりと身体を起こした途端、散々に叩かれたお尻が痛んだ。
「あのような仕置きなどっ…」
なんと無礼な……と、そこまで考えたところで、私はもう一国の王子ではないし、ただの堕ちた虜囚だったと思い直す。
「そのくせ、こんな風に拘束もなしに1人で自由にしておいて…」
まったく、あの男が何を考えているのかはいまいちよく分からない。
囚えておくなら囚えておくで、それなりの扱いがあるのではないだろうか。
私はこうして身の自由を確保されたまま、牢にすら入れられていない。
「命を狙われている自覚があるのか?」
それともやっぱりなめくさっているのだろうか。
何度試みても、悠牙は私の刃など容易く避けるし、余裕で笑ってみせている。
「っ…」
あんな仕置きで、私が懲りてやったと思うなよ。
それは、今は尻も痛いし、少しは大人しくしていてやろうとは思うけれど…。
「とりあえず、失敗しなければいいんだ」
成功した暁には、痛い反撃に遭う必要もない。
「そのために作戦をじっくり練ることが先決か」
むやみやたらに飛び掛かっていっても悠牙には敵わないことは2回の暗殺未遂で理解した。
「まずは探りを入れることから始めよう」
武器や凶器の入手や、機会を狙うために。
そろりとソファーから降りた私は、廊下に続くだろう扉の方へ足を向け、それをそっと押し開けた。
「っ…」
途端、目に飛び込んできた光景に目を疑った。
「まさか…」
ここは、王宮の離れ。王宮の敷地からは程近い離宮の中だったことを知った。
長く続く廊下には見覚えがあった。何度か訪れたことがある、父たちの別邸…。
「ならばっ…」
この部屋の窓からは、王宮が見えるはず。
パッと扉から手を離し、室内に駆け戻る。
今度はガバッと窓に飛びついて、その向こうの景色に目を凝らした。
「あ、あぁぁ、あぁ…」
惨劇のあの日が嘘のように、記憶の通りにそこに宮殿はたっていた。
まるで何事もなかったかのように…。
「火でもかけてくれればよかったっ…」
父と母が殺された事実の残るあの場所を。
むごい血塗れの記憶が残るあの建物を。
無力で1人、何も出来なかった後悔と情け無さを残すあの場所を。
あれが残っている限り、私はいつまでも未練たらしく穏やかだった日々を思い出し、そしてそれを無くした現実を突きつけられる。
いっそ失うなら何もかも。
事実も思い出も記憶も、そしてそれに付随する苦しみも悲しみもすべて。
一緒に燃やして無くしてくれればよかったのに…。
「っ…」
そこまで考えてハッとした。
「甘えるな。甘えるなっ…」
私1人が逃げようというのか。
重い現実から目を逸らして。
「甘ったれるなっ…」
それはすべて私が背負って生きるべきもの。
忘れることなど許されない。
「っ、く…」
固く噛み締めた唇が痛んだ。
窓についた手の先は、力を入れ過ぎて白くなっていた。
それでも決して逸らすまいと王宮に向けた目からは、静かな涙が堪えようもなく流れ落ちた。
「っ…」
不意に、ふわりと肩に触れる手があった。
「彩貴」
「きさま…」
「ふっ、おまえも懲りないね」
足んなかった?と笑いながら、スルリと尻を撫でてきた手に、身体がビクッと強張った。
「おっ。覚えているようで何より」
なら呼べるよな?と目を細める悠牙の顔が、目の前の窓ガラスに映っている。
「っ…」
「おぅおぅ、頑固なことで」
でもそこがいい、と笑う悠牙に、私は涙を乱暴に拭って、ギッと悠牙を睨みつけた。
「なに…」
「王宮」
「え…?」
おもむろに、単語をポツリと紡ぎ出した悠牙が、遠くを見るような目をみせた。
「見てたんだろう?」
「っ、あ、あぁ」
思わずこくりと頷けば、「そうか」と呟いた悠牙が、王宮の形をなぞるように窓ガラスに手を置いた。
「………?」
「ふ…」
「きさま…?」
「今、あの建物内は、改築が始まっている」
「え…?かい、ちく…?」
「汚れた壁や床を全て取り替え、不要な調度品は売りに出したり下げ渡したり」
「え…」
「贅沢や無駄に豪華なものはすべて処分する。そうして必要なものを必要なだけ。近々改装が終わり、早ければ今月中にあちらに移れるだろう」
「っ…」
あの、王宮に、移るだと…?
思わず詰めてしまった息をどう捉えたのか、悠牙がゆるりと目を細め、薄く微笑んだ。
「嫌か?」
っ…そう問われても。
「私に否をとなえる権利などないだろう?」
もはや王子でも何でもない。
堕ちた捕らわれの虜囚なのだから。
「ふっ、おまえは、俺の妃にしようと思っている」
唐突に、さらりと言われた言葉に思考、身体、すべてが固まった。
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