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それからどれほどの時間が過ぎたのか。
「彩貴」
「……」
「彩貴。ただいま」
「……」
「彩貴」
「っあ?!」
不意に、目の前にブンブンと振られる手の平が現れて、私はハッとしてその持ち主を見上げた。
「きさま…」
「だから悠牙な?」
本当、強情、と笑う悠牙が、バサッと上着を脱ぎながら部屋の中央片隅にあるテーブルに向かう。
「昼飯、食べなかったんだって?」
もうパサパサだ、と言いながら、そのテーブルの上にのっていたトレイの上から、パンを一切れつまみ上げ、ひょいっと口に運んだ。
「まぁ食えるな」
来い、と手招きしながら、トレイを持ち上げソファーに向かった悠牙を、私はただ眺めていた。
「彩貴?」
「きさまは…」
「まぁ話はこれを食べてからな?」
ほら早く、と手招く悠牙に、私はフルフルと首を振った。
「いらない」
「はぁ?だから俺は、おまえを飢えさせるつもりはないって…」
「いらないっ!私はそんなもの食べない!」
面倒くさそうにソファーから立ち上がり、間近まで来ていた悠牙の手を、私はパシッと振り払っていた。
「いったいなぁ…。ったく、本当じゃじゃ馬」
ぷらぷらとはたかれた手を揺らして悠牙が笑う。
その無防備な顔がイライラして腹立たしくて、私はその苛立ちのままに、ソファーに置き去りにされた食事のトレイに向かった。
「彩貴?」
「っ、私はっ、こんなものは食べないと言っているっ!」
ガシャーン…。
トレイに乗ったパンから冷めたスープから飲み物のカップまで、すべてを一薙ぎで払い落とす。
「いらぬっ…」
それを叩き潰そうと振り上げた手を、パシッと悠牙に掴まれた。
「彩貴」
ズシンと圧倒的な重みを持った低い声だった。
ビクリと強張ってしまう身体が情け無い。
けれども悠牙の纏う空気が圧倒的な怒りをはらんでいて、強張る身体を止められなかった。
「っ…」
「彩貴。これは、おまえのために用意された食事だぞ?」
「っ、そんなものは、きさまが勝手に…っ」
私は頼んでない。むしろ初めからいらないと言っていた。
ぐっと腹に力を入れ、悠牙を睨みつけたら、ぎゅぅっと手首を掴む悠牙の握力が増した。
「い、たいっ…」
「彩貴。この食事が…パン1つが出来るまでには、途方もない手間と時間と人の力が必要だ」
「っ、そんなことは…っ」
「畑を耕し、小麦を育て、収穫し、粉をひき、調理し、ようやくパンとなって提供される」
「っ…」
分かっている。知識としては知っている。
手間も暇も金も苦労も掛かることは知っている。
「だからとっ、それがなんの…」
「おまえが!虐げたくないともがいてきた、民たちの労力の上に、このパン1つがある」
「っ…」
分かっている。その民たちのおかげで、私は飢えることなく食事をとれる。
「おまえが、そのおまえの気持ちを裏切るな」
ぎゅぅぅ、と痛いほどに掴まれた手首に、ぐにゃりと顔が歪んだ。
「は、なせっ…」
「彩貴」
「離せっ…。私は…」
「彩貴」
「っ〜〜!」
厳しい中に、慰めるように優しい響きの呼び声を聞き取ってしまったからもう駄目だった。
「彩貴」
「きさまのっ…きさまのせいだっ!」
「あぁ」
「きさまがっ、私を生かし、側に置き構うからっ…」
「彩貴」
「私はっ…私にはっ、食事をとる権利もっ、民たちの労力の結晶をのうのうと口にする権利もないのだっ…」
「彩貴っ…」
「当たり前のように与えられる食事をっ…当たり前のように食べることなど…っ」
許されない…。
だからあの男たちは私に冷遇を強いた。
「すまなかった」
「きさ、ま…?」
ぐんっと掴まれた手が突然引かれ、勢いによろめいた身体がぎゅっと悠牙の腕の中に抱き締められた。
「悪かった。あいつらにいびられて襲われたんだってな」
聞いている、と言った悠牙が、私を胸に抱き込み、ヨシヨシと頭を撫でた。
「なっ…」
「急いで執務に向かっていて、適当に近くにいたやつらに食事の運搬を頼んだんだ。そうそう何も起こらないと甘く見た俺が悪かった」
「っ、きさま…」
「俺たちはほら、国王の統治に不満があった平民の集まりだろう?中には気の短い荒くれ者もいる」
「っ…」
「まだまだ生き残った王族のおまえに不満を抱える者も多い…。目を離して悪かった」
すまない、と詫びながら、実際に頭を下げる悠牙に、私の気持ちはぐちゃぐちゃになって混乱した。
「そんなものはっ…」
悠牙のせいではないのだ。
恨まれているのはこの元王族である私の身。
だから当然の仕打ちを受けただけで…。
「悪かった。これからは気をつけるから」
怖かったな?と優しく頭に触れられて、私の気持ちは完全にこんがらがって爆発した。
「きさまはっ、私の父たちの仇っ…」
その手に守られるなど、決してこの身に許しはしない!
ドンッと悠牙の胸に腕を突っ張り、その抱擁の中から必死で抜け出す。
「っ、じゃじゃ馬だなぁ」
「きさまは仇なのだっ…」
一瞬その腕の中が心地よいと感じてしまった自分を恥じる。
「くははっ、その目」
「きさまっ…」
「そうだな。もがけ、足掻け。そうして牙を剥け」
「っ…」
「おまえは強い」
「っ、っ…」
「強くて、勇ましい」
「っ…」
「待っていろ。だけど必ず、この手に落としてやる」
だから覚悟しろ、と不敵に笑う悠牙こそだった。
「きさまこそ。私がきさまの命をとるのが先だ」
覚悟しろ、と睨み据える私の目を真正面から受け止めて、悠牙は晴れ晴れと笑い声を上げていた。
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